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活撃 刀剣乱舞 ロケ地探訪(4~5話)
カテゴリ: ロケ地探訪
 今回は、またまた活撃刀剣乱舞のロケ地を巡ってまいりました。


 なぜこんな早く次のロケ地探訪をしたのかというと、またしても暦の関係でした。(笑)

 活撃4話から5話にかけては、江戸を戦火に巻き込まないよう尽力する勝海舟と西郷隆盛の会談を恙なく終了させることで歴史を守る任務だったのですが、その会談二日目である慶応四年三月十四日は現在の暦で4月6日に当たるのです。

 ちょうど今年で150年目に当たる記念すべき日なので、ここは行くしかないと思い立ち、さっそく巡ってまいりました。


 刀剣乱舞というコンテンツはなかなか舞台探訪しにくい作品(大まかな地名は分かっても詳細な場所は不明)が多いようですが、活撃に関してはかなりはっきりと場所が分かっているので大変回りやすくて助かります。

 しかし……場所は分かっても大きな壁となったのが、幕末と現代の間に横たわる150年という歳月による大幅な地形の変化でした。日本の中でも最も変化が大きかったであろう江戸から東京への変遷には驚くばかりです。

 というわけで、さっそくアニメと現在のロケ地の比較をしてみたいと思います。


 まずは4話で和泉守と薬研が勝海舟を見張るために釣りをしていた地点。

 ――ですが、ここでいきなり問題にぶち当たりました。(笑)

 勝海舟がいたのは幕府の海軍、すなわち軍艦操練所と思われますが、そこは現在の築地場外の駐車場に当たり付近には説明板も建っています。

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 4話は慶応四年三月十三~十四日(1868年4月5~6日)の話ですが、その慶応四年にはこの築地にあった軍艦操練所はすでに火災に遭い、隣の浜御殿(現在の浜離宮)へ移転していたそうです。

 活撃はほぼ史実に基づいているので作中に出てきた海軍は浜離宮でいいと思いますが、なにぶん軍艦操練所の跡地として一般に認知されているのは築地のため、いちおう両方で該当する場所を撮ってみました。

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 写真中央左寄りの網目状の鉄筋が見えるビルが駐車場で海軍操練所跡地です。そして私が撮っている場所は150年前は海でした。

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 もし4話が築地であるなら、この遊歩道の辺りで和泉守と薬研が釣りしていたことになるんですが、それは現在の海岸線を基準にした場合の話です。

 ですがそもそも説明板の古地図を見ると、築地の軍艦操練所の北側に水路は無く、その真横で釣りをすることはできそうにありません。

 しかし浜御殿の隣であれば、水路越しに勝海舟を見張ることは可能だと思います。

 なので、やはり活撃では史実通り浜御殿に移動した後の浜御殿軍艦操練所が描かれていたものと推測します。

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 右に見える緑が浜御殿の林なので、この角度で合っているはず……。

 ガードレールとフェンスで見えにくいですが、築地と浜離宮の間にはちゃんと水路があります。

 軍艦が停泊している場所はこの写真では品川のビル群になっていますが、当然幕末の頃はこのビル周辺も海でした。

 工事中のフェンスが邪魔ですが、中には立ち入れなかったのでこれで勘弁して下さい。m(_ _)m

 築地市場は豊洲移転と老朽化の問題で、ここも工事を進めているのかいないのか分からない状態でした。


 次に行ったのは江戸無血開城のために西郷隆盛と勝海舟が会談した薩摩藩蔵屋敷でした。

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 この屋敷の俯瞰で描かれている海岸線がほぼ古地図通りあることを調べて知った時には感動しました。(笑)

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 ご覧のとおり現在は三菱自動車の本社ショールームと化しています。(笑)

 目の前を通る第一京浜はかつての東海道でした。

 平日昼下がりに行ったのでビジネスマンや近所の主婦が途切れることなく道を行き交い、写真を撮ってるとちら見されてしまう恥ずかしさ。(苦笑)

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 いちおうここは秋頃には大河ドラマ「西郷どん」で舞台になるんですよ……と心の中で言い訳しながら撮っていました。(^^;)


 そしてこの三菱自動車の裏手に回ると小さな公園に突き当たり、そこが陸奥守が和泉守を舟に乗せて沖合いに浮かぶ軍艦に向かって漕ぎだした場所でした。

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 活撃スタッフがちゃんと取材に来たのか、ただの偶然なのかは不明ですが、劇中と同じように大きめの木が公園の真ん中にあります。ちなみにソメイヨシノでした。今年は開花が早くてすでに葉桜状態でしたが。

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 左にカメラがパンしたところで映る薩摩藩蔵屋敷の海側の門。この神社越しに見えるビルがかつての蔵屋敷に当たります。

 そして私が写真を撮っている場所は150年前は海でした。(さっきも同じこと言いましたねこれ……)

 アニメでは軍艦が砲撃を仕掛けてくることを察知した二人が急いで海に向かうシーンの舞台でしたが、今はベンチにサラリーマンや近所の人が憩いつつ、すぐ目の前を山手線と京浜東北線と東海道新幹線が爆走するという鉄オタに優しそうなのどかな公園です。(笑)


 ここからさらに電車を乗り継ぎ、京急北品川駅で下車。かつての品川宿跡をぶらりと歩きました。
 
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 アニメではこの旅籠がどこなのかはっきりと示されていませんが、こんのすけによる「時間遡行軍の出現地点は品川から芝あたり」という情報に基づけば十中八九、品川宿かと思われます。

 しかし現在の品川区内の東海道沿いに江戸時代の旅籠は調べた限りただの1軒も残っておらず、残念なことです……。


 これで4~5話の舞台をすべて探訪した……のですが、せっかくここまで来たのでさらに先の青物横丁まで足を延ばしてみました。

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 ここはかつて幕府の御用宿であった釜屋の跡地とのことです。

 なぜここへ来たかというと、150年前に鳥羽伏見の戦いに敗れて大阪から引き揚げてきた新撰組がここに宿泊したからでした。

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 当然ながら土方歳三も泊まっており、その佩刀であった和泉守と堀川もここに来ていたのかもしれませんね。

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 このマンションと言うかビルの横の小路の突き当りは、幕末にはまだ海でした。(どんだけ埋立ててるんだTOKIO……)


 150年という時間は都市が変化するにはあまりに長くそして遠かったので、ほとんどアニメと同じ景色は撮れませんでしたが、実際に歩いてみれば、かつての江戸の面影をわずかながらにも感じることができて良かったです。


 残る活撃のロケ地探訪は函館のみとなりました。できれば今年中に行きたいんですがあれこれ出費が痛くて……。(苦笑)

 年内が無理でも来年にはぜひ行きたいです。

  
 それでは今回はこの辺で。




 当記事内のアニメ画像は全て、
 ©Nitroplus・DMM GAMES/「活撃 刀剣乱舞」制作委員会に帰属します。

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2018.04.22 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
活撃 刀剣乱舞 ロケ地探訪(9~10話)
カテゴリ: ロケ地探訪

 壁|д゚)ソォーー


 壁|)≡サッ!!

 10か月ぶりのエントリに来ました。(苦笑)

 だというのにファフナーではなくてすみません。m(_ _)m


 昨年の夏から秋にかけてオンエアされていた「刀剣乱舞」コンテンツの1作品、「活撃/刀剣乱舞」のロケ地巡りをしてまいりました。

 それまで「刀剣乱舞」というコンテンツには一切触れて無かった(笑)のですが、土佐弁キャラが出ていると言う話題を見かけ、久しぶりに土佐弁聴きたいな~と思ってなにげなく見た(10話)ところ、これがなかなか面白いではありませんか。
 
 特に私が見始めた10話以降は新撰組、なかでも私も往年からのファン……ファン?……なのか…な??……ま、まあ一番興味がある副長・土方歳三と彼のかつての佩刀たちとの関係が描かれており、久しぶりに歴史好きの血がうずき(苦笑)幕末への関心が高まったのでした。

 活撃ではおもに史実をベースにして物語が進んでいきますが、なかでも高い評価を得ているのが9話です。
 
 薩長同盟の成立に貢献した坂本龍馬が襲撃される寺田屋事件、その史実を変えようとする敵対勢力の時間遡行軍と刀剣男士(付喪神化した刀が審神者という未来人の霊力により人の体を得て時を遡り歴史を守る使命を果たす)たちが戦うのですが……。

 まーなんていうかありきたりな表現ですが神回です。(笑)

 詳しいことを書くと9話のプレゼンになってしまうのでここでは深く触れませんが、というわけ?で活撃9話を見た人向けに細かい説明は端折っていきたいと思います。

 京都に行ったのは3月9日でした。この日は仕事で大事なプレゼンというかデモがあったのですが、そんなの関係ねえ!とばかりにぶっち切って行きました。(酷……)

 なぜかというと1月にはもう行くことを決めていたので私用の方が先だし、なにより今月この日でなければならない事情があったのでした。

 寺田屋事件は慶応二年一月二十三日(正確には日付をまたいで二十四日午前二時ごろ)に起きたのですが、この日付はズレが大きい旧暦であり、現在の暦に直すと3月9日に当たるのです。

 来年まで待てば土日になりますが待っていられないので、金曜日に有休をとり成田からいざ関空へ。大阪の京橋からさらに京阪電車で中書島まで。


 事件のあった寺田屋は駅から歩いて5分程度の至近にありました。

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 元々の寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物は明治中期ごろの再建という話です。
 現在も旅籠として経営しており、屋内には刀傷などもありますがそこらへんは演出ということで……。(^^;)

 当時の寺田屋は建物横の庭園や隣の駐車場のあたりだったそうなので、それを踏まえて見学されるとよりいっそう楽しいかと思います。たとえ再建でも旅籠という建築物であることは間違いないので興味深く見られること請け合いです。

 9話では陸奥守吉行(坂本龍馬の最期の佩刀)が第二部隊の面々に建物前で事件のレクチャーをしておりましたが、今同じことをしようとしたら車にクラクション鳴らされて遠慮なく轢かれますのでやめましょう。(苦笑)

 狭い道なのに交通量がかなりあります。


 次に向かったのは、伏見奉行所の捕り方に追われた坂本龍馬が逃げ込んだと言われる材木小屋です。

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 材木小屋跡の石碑は濠川を越えた大手筋橋の西側にありますが、実際に材木小屋があったのは橋の東側、この看板の蔵元がある場所とのことです。まぎらわしいですよね。(^^;)

 材木小屋の屋根の上で時間遡行軍を斃した鶴丸と蜻蛉切に、後から合流してきた和泉守たちが声をかける場面を見てもらえれば分かりますが、彼らの背景に北から南に向かって流れる濠川が見えているので、活撃でも材木小屋の位置は史実通りの場所に描かれているようです。

 この材木小屋は寺田屋から歩いても7~8分程度で、走ればおそらく5分を切るんじゃないかというほどメチャクチャ近い位置にありました。

 まあ龍馬が逃げた時は真夜中に加えて捕り方が周囲を固めていたでしょうから、隠れてちょっと移動、隠れてやり過ごしてちょっと移動、という繰り返しで逃げ込むまでにはけっこう時間がかかったのでしょうけど……。

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 北を見ると、濠川にかかるもう1本の橋が見えました。
 龍馬を保護した陸奥守が彼と一緒に渡りかけた橋はここではないかと考えています。(他に候補が無いし 笑)

 橋のたもとで龍馬を手当てした陸奥守は、彼の口から「けんど、鉄砲の前じゃ役に立たん。これからの時代は鉄砲がありゃあええ」と面と向かって言われてしまいますが、そうして強がる?龍馬自身も、兄にねだって譲られた陸奥守吉行を「ええ刀じゃろ?」と得意気に自慢したり、刀を握れなくなったことで「まるでこの体の半分を奪われたように感じる」と弱音を吐きます。(くぅぅ……涙)


 ここから本日最後の目的地、薩摩伏見屋敷へ向かいました。

 予報では午後から晴れるはずでしたが、この日の京都は夜まで曇って時々小雨も降り、真冬のように寒くてけっこう辛かったです。(>_<)

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 場面は前後してしまいますが、龍馬が捕り方に追われている大通りはおそらくこの竹田街道、府道115号線だと推測しています。

 なぜなら捕り方十数人があちこちに倒れられる(笑)くらい広い道幅であり、そして伏見の町割りそのものは幕末からあまり変わっていないようだからです。

 それと、活撃9話の舞台探訪が今年の3月9日でなければならない理由が、じつはもう一つあったのでした。

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 それは今年の月齢が152年前と同じ下弦の月だったからです。(新暦だと月齢が毎年変わります)

 本当は朝方に早く起きて材木小屋跡の近くで月を撮影するつもりだったんですが……凍死しそうなほど寒っ!かったので諦めました。雲も出てましたしね……。


 材木小屋から歩くこと約10分、最後の目的地である薩摩藩伏見屋敷に到着しました。

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 おあつらえ向きに大きな屋根の建物がありますが、もちろん薩摩藩邸ではなく酒造会社です。(苦笑)

 薩摩藩邸は寺田屋と同じく鳥羽伏見の戦いで罹災したそうです。

 つまり活撃11話で炎上して歴史が変わりましたが、史実でも2年後には無くなる建物だったので、歴史修正力の働きもありあの時間軸の歴史はそこまで変化しなかったのかもしれませんね。

 龍馬を逃がしてしまった時間遡行軍は、彼が逃げ込む予定の薩摩藩伏見屋敷を狙いますが、和泉守と第二部隊が先回りをして待ち構えていました。

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 位置的に見るとたぶんこの手前の横断歩道あたりで、鶴丸が刀を肩に担ぎでんっ!と座っていたと思われます。

 白くて儚げな見かけとは裏腹な、鶴丸の好戦的で大胆な性格がよく出ている場面です。

 遠回りした陸奥守が龍馬を伴って飛び出してきた路地とその方向からすると、あの後は濠川を渡り大きく迂回して北から薩摩藩邸に向かって南下してきたようです。

 時間遡行軍もここが正念場ということで多勢で第二部隊を圧してきたため、陸奥守と龍馬は路地をまた戻ることに。

 さすがにこの路地に該当するものは無い……というか分かりませんでした。

 強いて言うならこの交差点を北へ行く道かなと思います。(写真右方向の道)
 
 龍馬を守るため自らの刀を投げつけた後に陸奥守が手にしたのは、まさに先ほど寺田屋で龍馬が使ったのと同じスミス&ウェッソン、モデル2アーミーの拳銃!
  
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 寺田屋にも複製が展示されていました。しかし撃つ間もなく時間遡行軍に刀で弾かれてしまいます。
 そこで龍馬が放り投げたのがかつての自分……いやこの時代の自分?……どっちだ……とにかく、陸奥守吉行の歴史上の本体でした。

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 かつての元の主との共闘……これこそ時を遡り歴史を守る刀剣男士にしか起こりえない得ない奇跡のような体験ですね。

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 このシーンがいかに熱いかと言いますとですね、この2年後に坂本龍馬は近江屋事件で暗殺されるんですが、その時にこの陸奥守吉行で応戦しようとして叶わず鞘ごと刃こぼれした上、あるじ亡き後土佐の坂本家に戻された陸奥守吉行は龍馬が開拓を志していた北海道へ子孫に伴われて渡ったもののそこで釧路大火に遭い、刀身が焼かれて刃紋も反りも失ってしまい近年まで坂本龍馬の刀であったという証を無くしていた状たブツッ

 なんだかんだで(おい)敵を殲滅し史実通りに龍馬を屋敷に送り届け、たった数刻の短い邂逅は終わりを迎えました。

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 龍馬と別れて感傷に浸る陸奥守と、彼を励ますために憎まれ口を叩いた和泉守が並んでいた橋の現在の姿がこれ。(笑)

 作中と違って雅さに欠ける橋でしたがまあ仕方ありませんね。(^^;)

 
 陸奥守の元の主への葛藤と心残りはこうして無事に解決したのですが、物語は次に土方歳三とその佩刀だった和泉守と堀川を中心に動いていきます。

 そちらの舞台探訪はまた後日にでも。


 翌日は10話の舞台である城南宮に行きました。

 坂本龍馬が傷の療養中に屋敷をこっそり抜け出し梅を見に行ったことで起きた、時間遡行軍対第二部隊の第2ラウンドに加え、変化した歴史によって本来は出会わないはずの坂本龍馬と土方歳三が梅園ですれ違いになるという緊迫した回でもあります。

 私が3月9日にこだわった、最後の理由はこの城南宮の梅にありました。

 ちょうど毎年この時期に梅が満開になるとの調べはついていたのです。(笑)

 旅行1回で2話分の舞台探訪なんて一石二鳥!ですよね。

 ちなみに幕末の気候は今より寒冷でしたので、活撃の作中のように梅がもう少し後(寺田屋事件から2週間後くらい?)で咲いてても当時はおかしくなかったと思います。

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 見て下さいこの素晴らしい人だかり。(笑)

 何でも私が京都へ行く数日前にテレビで紹介されたらしく、立派な機材を持ったプロアマ写真家がインスタ映え(苦笑)を狙ってあっちでカシャカシャこっちでカシャカシャ。それはもう凄かったです。

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 せっかくなら作中と同じように夕映えの梅を撮りたかったんですけど、閉園時間が早くて無理でした。

 
 「梅」は坂本龍馬と土方歳三にとって所縁のある花と言ってもいいと思います。

 坂本龍馬は変名で「梅太郎」を名乗り、近江屋で暗殺された時に床の間に飾っていた掛け軸には梅の花が描かれていたそうです。

 土方歳三は俳句を詠むことで知られていますが、梅にまつわる句をいくつか詠んでおり、なかでも「梅の花~」は最高にヤバい傑作だと思います。(苦笑)

 10話で第二部隊が泊まっている旅籠の名前が出てきましたが、当然のように「うめや」でしたね。制作陣もよく分かってらっしゃる。

 梅園に二人を集わせたこの10話を経て、物語の主軸を坂本龍馬と陸奥守から土方歳三と和泉守堀川へ移していくという演出も良かったです。


 このあとは京都の壬生寺と八木邸、それに近江屋跡と酢屋と池田屋跡を回り、霊山護国神社で坂本龍馬のお墓に参りましたが、その前に寄ったのがここ。

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 9話冒頭で第二部隊が顕現した場所が京都鴨川、三条大橋の手前の中州でした。

 さすがに現在の鴨川に中州はないので頑張って引いた画角で撮っています。


 これで活撃9話および10話の主なロケ地はすべて回りきることができました。

 2日目は天候にも恵まれ、充実した舞台探訪になったと思います。

 

 旅の食事では龍馬にあやかって?鳥鍋を食べたのですがこれがたいそう美味かった!
 また食べたいです。

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 そして伏見は酒どころとして有名なので、次回はぜひお酒にも手を出したいと思います。(今回は急ぎの旅なのでやめておきました)

 それでは、今回はこの辺で。
 


 当記事内のアニメ画像は全て、
 ©Nitroplus・DMM GAMES/「活撃 刀剣乱舞」制作委員会に帰属します。

2018.03.18 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
鮒旅Ⅸ・函館編その弐
カテゴリ: ロケ地探訪
 今を去ること2月の半ばに、私のベース(笑)である成田空港から、バニラエアが函館線に就航してくれました。

 去年あたりに冗談半分で「LCCで成田から函館線クレクレ」ツイートしていたのですが、まさか本当に叶うとは思わなかったので、これはツイートの責任を取らねばならない(苦笑)と思い、就航開始後初のセールでチケットを取り、仕事上の紆余曲折を経て先週なんとか旅行に漕ぎつけたのでした。

 そう、もちろん目的は前回で不満だった撮影のリベンジ!!

 とはいえ、本当にぎりぎりまで仕事で行けるかどうか分からない&いっぱいいっぱいだったので、当日になって観光ルートを決めると言う、行き当たりばったりな展開に。(^^;)

 まあ、私の旅行はだいたいそんなもんですけどね!

 というわけで、レンタカーに乗ってから最初の目的地としてナビにマーク定めたのが、「皆城総士最期の地」そのモデルである笹流ダムでした。
 
 空港から赤川までは若干混んでたので、25分ほどで到着。

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 快晴の蒼穹のもと再びの訪問でしたが、まだ公園には八重桜の「雨宿」と「関山」が咲き残っていました。
 前回の雪に変わり、新緑が目に鮮やかです。

 前庭公園では、夕方の散歩を楽しむ地元の方がちらほら見受けられました。
 そんな中、脇目も振らずにダムと相対している私は完全にダム女子と勘違いされたことでしょう。(笑)

 まずはやはりこの場面から。

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 去年とほぼ同じ場所を同じアングルで撮ってますね。(苦笑)

 雪と冬枯れのダムには風情がありましたが、青葉萌ゆるダムもなかなかのものでした。

 ここはしかし難しいのですよ……。
 何がって、ダム湖に突き出た岬の部分をどうするか、という問題でして。

 普通に撮ればたぶんこのように広角で引いたアングルになるんですね。

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 ニヒトの左に見えてる部分を岬とダム湖西側の丘陵部分までと想定すれば、このアングルになります。

 が。
 これではどう見ても遠望すぎますよね?

 なので、私はニヒトの左に見えているのは岬の半分程と仮定して撮っています。

 アショーカが重なっているため正確には分かりませんが、ニヒトの背後にある山は袴腰岳と思われます(7/17追記 袴腰岳にしては低いので雁皮山のようです)ので、その理由からも最初の写真のアングルがベストであると言えます。
 
 前回も触れましたが、ダム湖の西側は低い小山状の丘陵(ってほどでもない)です。
 
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 笹流ダムの構造から、このシーンでは画面左方向にダムの堤体があると推察されます。
 私の写真にはちょっと天端が写ってますね。

 そしてアショーカから発生した結晶が湖の一部を埋め尽くして対岸に到達しています。

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 こちらが対岸にあたる丘陵部分。おそらくこの正面奥の位置あたりにアショーカの柱がそそり立ち、広がった結晶により陸上部分と繋がったものと思われます。

 つまりアショーカの位置から検証してみても、私の撮ったアングルで合っている……はずです。

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 北海道ってほんと大自然ですよね……。(突然)

 なんで実感したかというと、この写真を撮るために林道に上がろうと杉林の急斜面を登ってたらアブ!アブ!!アブ!!!(←番組違い)に襲われたんですよ。(^^;)

 アブというかヤブ蚊の一種なのかな……刺されはしなかったので。手で軽く追い払うだけでは逃げやしない。(苦笑)

 春から秋にかけて訪れる方は虫除けした方がいいかもしれません。
 ちなみにダム公園の笹流ダムで再現したアングルはこちら。

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 ここにニヒトを持ち込んで撮影を試みる猛者はいるのでしょうか。(笑)

 このダム公園は笹流ダムから車で5分程度で、新中野ダムの隣にあります。

 新中野ダムは去年、次回作「THE BEYOND」で監督をつとめる能戸さんが取材に来ていた場所なので、何らかの取材成果?を見られるかもしれませんね。

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 ダムが放水してる場面を見たのは、もしかしたら人生初体験だったかもしれません。
 ダム本体からの放水と、左脇にもう1本の放水路があってゴオオーッとけっこうな音を周囲に響かせていました。

 ダムを見ると「超獣機神ダンクーガ」を見たスパロボ世代の人間としては、「ここに秘密基地があるんじゃ……」と思わなくもないです。(^^;)
 
 訪れたのは金曜日の閉園直前でしたが、私以外にもちらほら車が来てはダムを眺めていたので、いまダムがアツいのかもしれません。(笑)
 
 今年は函館市西部、いわゆる元町地区にある旧新撰組屯所跡のホテルに泊まったので、周囲には函館らしい木造の洋風住宅がたくさんあり、珍しくて思わず撮りまくっていました。

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 尾道や鞆の浦もそうですが、歴史ある港町には古い独特の建築様式が残っているので、出来ることなら数日滞在してゆっくり見て回りたいですね。

 夕食を求めて金森レンガ倉庫をふらふらしていたところ、なんとアショーカを発見!

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 まだ小さいですね……。これからエスペラントを糧にすくすく育ってくれることでしょう。(おい)


 翌日も早朝から快晴――だったのですが、湿度が上がったせいなのか黄砂の影響なのか、昨日ホテルの窓からはっきり見えていた駒ヶ岳が見えなくなっていました。

 朝の7時30分にホテルを出て、今回は車で函館山に登りました。
 対面通行なのに道幅は狭いし舗装は路肩が弱くなってるので、ドライブにあまり慣れてない人にはお勧めできませんね。

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 改めて明るい景色で確認すると、ベイグラントは水産卸売市場とラビスタ函館ベイをぶっ壊しながら上陸していたようです。(苦笑)

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 ここからアショーカのある赤川までかなり遠い&上り坂なので、ベイグラントはあの無表情の裏でヒイヒイ言いながら頑張って笹流ダムまで行ったのだと思うとあまりに健気で涙が……。(T_T)

 山を下ってそのまま立待岬、碧血碑、函館八幡宮などを見て回り。

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 特に碧血碑は、函館で波乱の人生を終えた新撰組副長・土方歳三ゆかりのモニュメントであり、名も知れぬ多くの旧幕府軍の兵士たちと共に彼の遺骨の一部がもしかしたら本当にここにあるのかもしれない、と思うと感慨深いものがありました。
  
 ここもヤブ蚊がすごいので虫除け大事です。(笑)

 その後ホテルに戻ってチェックアウトし、今回の最大の目標である大森浜リベンジを満を持して決行することに。

 お昼前の大森浜は、海からの風がとても強く、波がそれなりに立っていました。
 天気が良くて忘れがちですけど、この浜は津軽海峡に面してるんですよね。さもありなんです。(^^;)


 「ねえ。あの向こうには何があるの?」

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 海を見た私は感動しました……。
 なぜなら……。

 去年、そして昨日も、くっきりとその存在を主張していた30km先にあるはずの下北半島が……。

 全く見えなかったのです。

 これほど晴れているのに見えないなんて……驚きました。


 「世界と、お前の故郷が」
 「世界……故郷?」

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 このカットは一騎視点だと思うんですが、かなり垂直な上から目線(笑)だと言うことが再現して分かりました。
 まあ、一騎と子総士の身長差を考えれば当たり前ですけどね。(^^;) 

 意外と似た感じの砂模様が見当たらなくて、あちこち歩き回って白い砂と黒い砂が交互になってる部分を探したんですが、なかなかぴったりの場所は見つかりませんでした。

 その前に、本気で再現するなら海に入らないと無理だし。(笑)


 「行こう、総士」
 「うん」
 
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 海神島の波は大変穏やかなんですね……。
 年間通して強風が吹きつけて荒れるリアル大森浜であんな波打ち際を歩いたら、寄せてきた波に靴が洗われることは必至です。(苦笑)
 
 海の幅をアニメと同じに合わせ、かつ砂浜を少し入れるなら、もうちょっと引き&ローアングルで撮るべきでしたね。
 なかなか現地で即座に判断できるものではありませんが。

 てゆうか、この時の私は大ピンチだったので余裕が全然なかったのでした。
 何かというと、デジカメの電池がピンチ。(笑)
 
 久しぶりの飛行機だったもので、函館に着くまで空撮をバシバシ撮りすぎまして。(^^;)
 自宅に充電器を置いて来たのが運の尽きでした。


 「君は知るだろう。苦しみに満ちた生でも、存在を選ぶ心。
 それが僕らを出会わせるのだと」

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 「世界の祝福とともに僕らは出会い続け、まだ見ぬ故郷へ帰り続ける。
 何度でも……」 

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 充電切れそうになってスマホで撮影したので、ラストの写真がこんな縦長に。(苦笑) 
 去年と同様に今回も2本の飛行機雲を見られました。右側の方はかなり風に流されて普通の雲みたいになってましたけど。

 ここで時間切れとなり、函太郎宇賀浦店で腹ごしらえをして空港に向かいました。
 
 五稜郭と「土方歳三最期の地」碑にも行きたかったんですけどね……。
 ぴったり24時間滞在だったので、そちらはまた次回に。

 最後は海神島上空を飛ぶ彗のカット。

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 函館市街のトンボロ(陸繋砂洲)地形と、北斗市にかけて弓なりに伸びる海岸線が、アニメと鏡面反転しているのがお分かり頂けるだろうか。(笑)
 アマテラスは函館湾上、バニラエアは津軽海峡上を飛んでいるので、このように反転して見えたのでした。

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 上空から見ると、かつて島であった函館山が砂洲によって陸繋島になったのだとよく分かります。

 成田へのフライトも半ばを過ぎた頃、日本海の遥か高空に2本の飛行機雲が見えました。
 
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 尾を引いていく2機の飛行機は、まるで9話「英雄二人」のCCTSのような。

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 先週この空に北朝鮮の弾道ミサイルが打ち上げらたこともあり、ちょっと不穏な光景にも見えましたが……。
 (そしてこの写真を撮った翌日にまたIRBMが打ち上げられました)


 というわけで、今回の函館の旅もそれなりに充実できたかと自画自賛。(笑)

 惜しむらくは繰り返しになりますけど、五稜郭と土方歳三最期の地碑……。

 土曜日はちょうど五稜郭祭というイベントで土方歳三コンテストなるものを開催していたそうです。
 日曜日には旧幕府軍と官軍のパレードも行っていたようなので、いつか見てみたいものですね。

 バニラエアが成田から函館に飛び続けてくれる限り、次回の訪問もそう遠くはないうちに出来るかと思います。
 何といっても飛行機代が往復でたったの11000円ですからね。LCC万歳です!

 ただし、万が一欠航したら振り替えも出来ないので丸損ですけどね。(笑)

 それでは、今回はこの辺で。
 


 当記事内のアニメ画像は全て、
 ©MBS・FAFNER EXODUS PROJECT・XEBEC及び©King Record.Co.,Ltdに帰属します。
2017.05.28 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
ブルドッキングヘッドロック Extra number『コンストラクション ダイアグラム・オーバー ザ ディメンション』 ~108の、建設と解体を繰り返す未遂の構想について~
カテゴリ: 舞台
 ご無沙汰しております。
 ツイッターには毎日生そ(ry

 今週はいつものブルドッキングヘッドロックの公演になんと! 2回も行って参りました。

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 たいていの公演は1回しか行けなかったのですが、今回はゲネプロ(内覧会)と千秋楽という、謂わば公演の始まりと終わりを見ることが出来たので、とてもラッキーでした。

 といっても、内覧会は体調がすぐれなかったので「その41」しか見られなかったことが悔やまれます。(>_<)

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 ブル公演の祝い花はファフナー音響監督の三間さんからのものがたいてい飾られてるのですが、今公演はエクストラナンバー(番外)のせいか見当たりませんでした。残念。

 今回の公演『コンストラクション ダイアグラム・オーバー むにゃむにゃ略して「コンスト」ですが、ブルドッキングヘッドロックの劇団員が20代30代40代の三世代に分かれてアイデアを出し脚本から舞台を作り上げるという、画期的な試みでした。

 演劇界に小劇団多しといえども、このような取り組みを行った劇団はそうそうないのではないでしょうか。
 まあ、ブルは「大きな小劇団」という、奇妙な表現が似合う劇団のようですが。(^^;)

 コンストの実験的な試みが、今後のブルをより幅広く豊かな劇団に育ててくれるかと思います。

 というわけで演目は3つでした。
 その25「雪ロード埋没」、その38「遮光夫人」、その41「やさしい男」の3本立て。

 どれもその世代ならではの味があるストーリーとなっておりましたが、ここではその41「やさしい男」について感想など。
 なぜなら私も40代なので。(笑)


 「やさしい男」

 タイトルが漢字ではなかったのは、「優しい」だけでなく「易しい」のかな、とも考えてみたり。(^^;)
 べつに登場する男性陣が単純だという意味では無くて、もし彼らに「優しい」という表現以外を当てるならやはり「易しい」かな~などと思いました。隠し事はしていても、基本的に裏表が無い人たちでしたので。
 
 何と言ってもこの舞台の主役はペロちゃん!!!

 ではないんですけどね。(笑) 可愛さでは完全に主役でしたが。

 ストーリーは40歳すぎても実家暮らしで父親とうまくいっていない品沢くんが、仕事で訪れた山の中で拾った子犬のペロちゃんを飼おうとして反対され、元同級生の大滝くんと桜木さんに預けようとしたことから始まり、ペロちゃんとこの子に関わる男たちみんなの秘密が暴かれていく……というちょっとしたミステリー仕立ての内容でした。

 品沢くん役は篠原さんことバイシさんで、大柄なくせにワンコっぽい人(失礼!)が子犬を拾って右往左往するシチュエーションに、もうキュンキュン(笑)してしまいました。

 大滝さんを演じるのは客演の山崎さん。私はたぶん初めて演技を拝見した(はず)のですが、篠原さんと永井さんの元同級生という話が本当に思えるほどの馴染みっぷりを披露。妻に既読スルーをキメられる情けない夫でしたが、未読よりはマシだったんじゃないかと思います。(^^;)

 そして永井さんことさちんさんはもう何も言う必要は無いのではないかと。(苦笑)

 動物を通じて関わる人々の秘密を暴く、しかもただ暴くだけで問題は特に解決できないというハタ迷惑な「動物探偵」という称号をもらった(というか勝手につけられた 笑)地域FM番組投稿趣味の元ペットショップ勤務女性。
 1件のエピソードにつき説明に2時間はかかる(笑)というので、今回はその名探偵ぶりを垣間見るに留まりましたが、良いキャラクターでした。
 
 そんな彼ら3人がペロちゃんを山へ返しに行って道に迷い出会うのが、ロッジの経営者熊木さんと彼の後輩である栃谷さん。

 熊木さんを演じるのは動物電気の森戸さんという方でしたが、熊木さんがまた濃ゆ~いキャラで。(^^;)
 作中でも「ナウシカおじさん」だの「ムツゴロウさん」だのと言われていましたが、ちょっと過剰な暑苦しさと孤独な山男にありそうな頑固さをその笑顔でマイルドに仕立てて演じておりました。良い人です。

 後輩の栃谷さんを喜安さんが演じましたが、東京に住む動物バイヤーということで、高級外車に乗りスーツを着てるけど足元はスニーカーという出で立ち。(笑)
 ペロちゃんの秘密を隠しつつ回収しようと立ち回るけど結局はバレてしまい、そのうえ彼自身もじつは先輩の熊木に隠し事をされていたりするんですが、先輩を立てたり品沢くんにもあることないこと助言したりする、やっぱり良い人でした。(^^;)


 かくかくしかじかあって(省略)結局ペロちゃんは、飼育されていたハイブリッド・ウルフの血統書無しの子供たちとは別の子だと言うことがラストに明かされ、栃谷さんの呟く「ロマンだ……!」というセリフと共に、その愛らしい姿を見せつつ幕を引きます。

 もともと私も動物それもオオカミが大好きで、かつては「狼の紋章」を愛読していた世代(旧いですよ……)ということで、この「やさしい男」のガジェットとしてオオカミ犬が設定されたのはとても楽しかったです。

 舞台の秩父市は知る人ぞ知る?オオカミの聖地で、三峰神社の狛犬は狛狼で「大神」とも言われる神の使いでもあることもきっちり説明してくれました。

 ハイブリッド・ウルフの存在や狼の自然界への再導入、加えて産業廃棄物の不法投棄など、なかなか簡単に答えの出ない問題も織り込んで、しかし重くなることもなくうまく挿話として収めていたりします。

 そういえば何年も前に、大分あたりの山の中で撮影された個体が日本オオカミではないかと話題になりましたね。
 あれも日本オオカミにしては西洋オオカミに似ているだの、オオカミ犬ではないかと議論になりました。

 おっと今検索したら2000年でした。何年か前どころでは無いですね。(汗)


 話を元に戻して。動物を芝居に入れてきたのは、喜安さん曰く「篠原さんと永井さんが動物好き」だからとのことでしたが、世間は「けものフレンズ」で動物ブームらしいですしある意味でタイムリーだったかなと思います。(^_^)
 
 あ、そうだ。ペロちゃんは茶色い子犬のヌイグルミで鳴いて尻尾振りつつ前に進む子です。(笑)
 喜安さんによると、売り物そのままではなく若干調整していたそうですが。 

 今回は永井さんと篠原さんも脚本に関わったためか、いつもより二人のセリフが流暢な印象を受けました。いつも以上に体から言葉が出ている、というか何というか……。

 また、ゲネプロの内覧会と千秋楽の比較では、内覧会では観客を前にして通しをするという、まさにその「初めて」の新鮮さが演技にあったのに対し、千秋楽では元同級生の3人や熊木さんと栃谷さんの先輩後輩の間になじんだ空気が生まれ、「慣れた」間柄の演技が見られた気がしました。どちらも味があって良いですね。

 コンスト3作はDVDにもならないので、ペロちゃんは文字通り幻の存在となり夢とロマンの象徴として、いつまでも見た人の心の中で生きていくことでしょう。(^^)


 総括的な感想としては、脚本を建設して解体を繰り返していた各チームでしたが、終わってみれば作品の内容そのものもどこか共通していて、狭い空間内でのキャラクターたちの「起承転結」というより、その関係性の「建設と解体」なストーリーになっていたような気がします。

 なので、ラストシーンで「解体」されたストーリーの先にまた新たな「建設」があるんだろうな、彼らにはこの先も人生の続きがあるんだろうな、という余韻のある終わり方でした。
 
 コンストにご興味が出た方は、ぜひブルドッキングヘッドロックの公式サイト「現場」を覗いて見て下さいませ。

 
 次回の公演はいつも通り(笑)の現時点「タイトル未定」で9月22日からとのこと。秋も楽しみです。(^_^)



 そして千秋楽にも関わらず、空気読まずにいつものように喜安さんにファフナーに関してお訊ねしたのですが、そちらは追記に。



 そういえばこの追記って、スマホで見ると追記になってないんですね。

 この前初めて知りました。(苦笑)






  → Read more...
2017.04.23 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
神話学でみる皆城総士
カテゴリ: 蒼穹のファフナー
 「永遠の少年」で少しだけ神話学に触れたので、もうちょっと補足を書き付けてみようかと思います。

 まあ、ようはいかに総士が「神」であるかということの証明になってしまいそうですが。(笑)



 永遠の少年つまり「プエル・エテルヌス」の元型は、オウィディウスが著わした「転身物語」に登場するエレウシスの秘儀で誕生する「イアッコス」という少年神から取られたものでありますが、そのイアッコスはオルフェウス教のザグレウスの生まれ変わりともされ、さらにザグレウスはディオニュソスと同一視されているとのことです。

 ちょっと混乱すると思うので神の名前にリンク貼っておきますね。(^^;)

 ディオニュソスは葡萄酒と狂乱の神というイメージが強いかと思われますが、知られているギリシャ神話とは別の異説によれば、もともとザグレウス神だった時にヘラの奸計で八つ裂きに殺され、救い出された心臓がのちにディオニュソスのものとなったとのことで、本来的な属性は死と再生の神であり、死んで甦るその特性ゆえに樹木や果実の植物神であり、その恵み(収穫)を享受させてくれる豊穣神であったと推測されています。

  ディオニュソスが備える「死と再生」という特色は、エジプトのオシリス、シュメールのドゥムジとイシュタル、同じギリシャ神話のペルセフォネなどにも見られるものであり、季節の移り変わりによる植物の枯死と再生という自然現象を古代の人々が神話によって体系化したものと思われます。

 別の起源として、短くなり続けた日の光が冬至を境に長くなるという太陽の復活を神話に取り入れたものとして北欧のバルドル、インド・イランのミトラもまた死と再生の神とされています。

 このディオニュソスやミトラと同じ「死と再生」のカテゴリーに属し、さらには信仰地域も重なっていた(と言われる)のが「キリスト」という神なわけです。

 バーバラ・ウォーカー女史は特に「ディオニュソス→キリスト」説を唱えていますが、どうも彼女の典拠は誤りも多いらしいので、ここは彼女に拠らずとも素直に古代オリエント各地で崇拝されていた「復活する植物の神」の直系が後代の「キリスト」と考えて良いのかと思います。


 ツイッターで検索していると、「なんで総士は木の下で死んだんだろう?」という呟きをいくつか見かけました。

 それは彼が「キリスト」に喩えられたキャラクター(*1)であり、それゆえに古代の死と再生の植物神の系譜に連なる神性が付与されていたからだと考えています。

 実際、ジョーゼフ・キャンベル氏の「神話の力」では「キリストの物語には、もともと非常に強力な植物イメージだったものが昇華された形で含まれています。十字架上のイエス。イエスは聖なる十字架。つまり木の上にいる。彼はその木の果実です」(P235)と記されています。
 
 それに加えて、EXODUS最終回は何度も言ってます(苦笑)けどクリスマスの深夜に放送されました。

 つまり総士が最後に背にしたアショーカという樹木は、十字架(死)でありクリスマスツリー(再生・誕生)でもあったというわけです。

 さらに、ここで唐突に(笑)アショーカが本来属する仏教的世界観から解釈すれば、子総士の誕生を見守ったことで、真の意味で名前通りの「無憂樹」(釈迦が誕生した場所にあった木)になったとも考えられます。


 ところで、ファフナーの大元の世界観である北欧神話では、主神オーディンがルーンの秘密を知るために世界樹ユグドラシルの木に9日9晩首を吊ったというエピソードがありますが、この世界樹はEXODUSのアショーカというよりも、無印で総士が一騎を同化しようとした時にあったクスノキの方が妥当なイメージかと思います。

 オーディンがミーミルの泉の水を飲んで「知識を得た」ことと引き換えに片目を失ったと言う話も、やはり無印で一騎に左目を傷つけられたことで「個を得た」ことに沿っているかと思われます。

 そういえばEXODUSの最終回後に見かけた「北欧神話の流れ通りに楽園は沈み、跡から希望が生まれ、世界を見渡した主神オーディンは世界樹に張り付けられ命を終えた」というツイートは、見たことも読んだこともない話でびっくりしました。(^^;)

 なぜなら、ラグナロクでオーディンはフェンリル(もしくは別の狼など)に呑まれて死ぬのです。そして先述したように、世界樹に吊るされることがあっても張り付けられることはありません。

 「楽園は沈み、跡から希望が生まれ」という部分は、世界が焼き尽くされてから海に没し、復活したり生き残った神が新たな世界を築くという「エッダ」に近い話ですが、オーディンに関しては何かと混同していたのか、それとも私の知らない典拠があるのか……謎です。
 

 ともあれ、というわけで総士がキリストとしての側面を心理学的だけでなく、神話学的な見地からも備えているということを論証できたと思いますがいかがでしょうか。


 今を去ること2012年12月31日の記事に、

 >私はファフナーを主に「ユング心理学」と「神話学」そして「キリスト教」の側面から読み解きたいと思ってます。 

 と書いていたので、ようやく神話学的視点からの考察(と言っても総士だけ 笑)を書けたので自分的にはそこそこ満足です。(苦笑)


 それでは、今回はこの辺で。




 *1 「総士はある意味、原罪を解消する立場にあるんです。そのために総士は自分が全部背負ってフェストゥムの側に行くんです。身を呈して和解を申し入れに行くんです。」(NT2005年6月号) 

2017.02.12 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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