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物語の力
カテゴリ: 蒼穹のファフナー
 どうやら映画館での暴動は回避されたようですね。(笑)

 リバイバル上映では、やはりEXODUSのPVが先行公開されるようです。
 昨日シネマート新宿と共に上映する伏見ミリオン座のサイトで発覚しましたが、今はそのリンクが切れているようです。

 まあ、<劇場でしか見れない「何か」>でファンの関心を集めていたのに、上映館がその正体を公式サイトに先駆けてネットで世界に向かってぶちまけてしまったのですから、ひとまず隠すのも仕方のないことですね。

 そもそも10月22日に、公式サイトの<劇場でしか見れない「何か」>に「今更気付いた」と呟いた能戸さんでしたが、続けて「アレってなんだ?どれだ?」と呟いていました。
 
 「どれだ?」ということは、能戸さんには少なくとも2つ以上の心当たりがあったわけで、HAEの修正?とEXODUSのPVは、恐らく同時進行していたものと思われます。

 あと2週間もすればリバイバル上映まで残り1か月ほどになりますので、その頃にはさすがに切れたリンクも復活するか、公式サイトからアナウンスがあると思い――――思いたいです。

 鮒公式のアナウンスは、遅すぎる程度で通常運転なので断言はできませんが。(苦笑) 



 さて、今日は成田市立図書館で冲方さんを講師にお招きした「物語の力」という講演に行って参りました。

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 定員150名のところ満員御礼。
 10代から70代までの幅広い世代が来ていましたが、やはり最近の歴史小説の著作活動のためか、中高年の女性が最も多かったです。

 14時の開始時間の1分ほど前に冲方さんが登壇し、いきなりマイクを握って話そうとしたところで慌てて止めが入り、場内に笑いが。

 まずは教育長が「冲方先生をお招きして誇らしいです」(超略)と挨拶、その後図書館職員から冲方さんの略歴と作品の紹介。

 それから改めて冲方さんの登壇のご挨拶。

 冲方さん曰く「こういう場所に来ると何かしないといけないと思うので……」ということで即座に講演に入ろうとしたそうですが、サービス精神にあふれてボケをかますところがいかにも彼らしいですv

 以下はほぼ時間一杯までノンストップトークを炸裂した冲方さんの講演の要旨です。


 皆さんは物語はどんなものだと思ってますか? フィクションや娯楽? 自分の人生とは関係ないと思うかもしれません。
 そもそも物語とは権威による神話や伝説から始まり、やがて一般的に普及するようになった。ヨーロッパでは聖書に対するアンチテーゼでもあった。
 ではなぜ人は物語を求めるのか? 人はその物語を作る力によって生活している。例えば最近「美白」で白斑問題がありました。美白になって何が良いのか。 偽装食品の問題も出ています。○○産の牛肉だと思ったらオーストラリア産だったとか。
 人は自分自身の必然性が必要なんです。
 ○○産の牛肉だと思って食べたのにオーストラリア産だった。つじつまが合わなくなるんですよ。本来のものと違うと、自分の中の物語が混乱するんです。

 父がエンジニアだったので子供の頃は王国のネパールや、まだ今ほど全然綺麗じゃない開拓時代のシンガポールに住んでました。
 ODAが集まる国は関係する各国から家族が集まるんです。そこのインターナショナルスクールは幼稚園から大学まで1クラスで、20人全員が人種も宗教も違う。
 だから弁当交換が出来ないんですよ。イスラム教徒の子に豚肉食べさせたら親から文句言われる。だからそういう場所だと、まず何をしちゃいけないのかを考える。
 例えば日本では靴を脱ぐ習慣だけど、僕の友達のやんちゃな子はベッドに入っても靴を履いてる。
 日本人とアメリカ?人に靴を脱ぐ、脱がないの物語がそれぞれあるんです。そういう時は、第3の物語が必要になる。「靴を脱ぐと気持ち良い」とかね。できればそれを「この家に来ると楽しいことがある」というところまで持って行きたいわけです。

 それでも宗教タブーに関わることはダメですね。秩序を壊すことになる。
 ユダヤ人にいくら豚しゃぶが美味しいですよと言っても、彼らにとって豚は食べ物じゃない。食べようとすることがそもそもおかしいとなる。
 まあユダヤ人でも敬虔じゃない人は豚しゃぶ美味いと食べますけど。(笑)そう言う風に、相手と自分のストーリーを理解してもらうんです。

 海外ではよく日本人の宗教はなんだと聞かれるんですよ。そこで「神道と仏教が混ざってる」と答えると、「ありえない」「おかしい」と言われる。彼らにとって宗教は混ざるはずがないんです。
 日本は仏教が入ってきた時に天皇が許した。使えるものは使ってみてダメならやめよう。そういった「ご利益のあるもの」「ありがたいもの」として入ってきた。
 でもヨーロッパ人には「宗教戦争が起こるはずだ!」となる。(笑)

 そんなふうにお互いの根本ストーリーを議論しながら構築していくんですね。
 僕の両親は「あの国はああだ、この国はこうだ」と教えてくれたのでそう(宗教戦争が起こるはずだという決めつけや先入観)はならなかったんですが。
 これも親に仕込まれたんですが「日本人は宗教にフリーだと言っておけ」と。「ノー」はダメなんです。否定なので怒る人がいる。

 では「ノー」と「フリー」の差は?とずっと考えていました。そして日本に帰って中学に入ったら、日本のストーリーが分からないんですよ。
 「起立、礼、気をつけ」なんて冗談かと思いましたよ。(インターナショナルスクールで)先生がいるところで立ち上がるのは失礼だったんです。そういうところ(各国の寄せ集め)だから集団行動する人はいなかった。でも日本人は集団を前提に行動してる。僕はそれを「融和」と理解したんです。

 そこで神道を学べば日本を理解できると思ったんです。でも神道には「経典」が無いんですね。儀礼や作法のものはあるけど。(儀礼や作法を)やってみてなんとなく分かるものなんです。
 でも分からないところがある。そこでふとカレンダーに気づいた。日本人はカレンダーが好きですよね。ありとあらゆる場所にあって、そこに先勝とか仏滅とか、クリスマスとかハロウィンとか書いてる。日本人は何がしたいんだ?と思いましたね。
 出会うものを融和し、偶然性に委ねるのが日本なんだと。仏が滅びると書いて「仏滅」ですが、そんな大変なことが6日に1回ってどういうことだと。(笑)ヨーロッパではありえない。

 偶然性を認める前提は、太陽信仰なんです。今と違って昔は日の巡りは読めない。吉凶は読めない。未来が未知のものであると認めていたんですね。でもキリスト教は計画があって最後の審判とか定められている。日本人は悪いことも「しょうがないよね」と受け入れる。人格神ではなく、自然の成り行きに任せる。

 今日うなりくんの名刺を貰ったんですけど、うなぎは巡回して帰ってきますよね。中には帰って来れないものもいますが。
 日本はイザナギとイザナミの子供のヒルコを流したら、エビスになって帰ってきました。それは人生の否定を受け入れる、良いこと悪いことを受け入れるという柔らかな物語であり、知識ではなく生活の中で身に付く態度が日本の物語なんです。  

 日本はどういう国なんだとよく言われますが、住んで日本人になれとしか言えない。日本人に同化するしか理解できない。
 生活の根本がどんな風に役立っているのか、(冲方さん自身も)見極めていこうと言ううちに16~17歳に自分で物語を作り出す歳になったんです。
 自立や進学、就職など自分自身で必然性を作る、物語を作る歳ですね。

 僕は高校時代、美術部の部長をしてたんですよ。説明のいらない「絵」で食っていきたかった。見れば分かるもので。
 だけど絵で食っていけないと思ってマンガを練習したんです。そしたらどんどんフキダシが大きく多くなってった。美術部の部長が絵を描かずに「こういうことを描きたいんだ」と説明ばかりしてる。そしたら先生が「違うんじゃないの」って。(笑)それで書くことに。自分自身の本当の物語はコントロールできないんですね。

 感動するものと面白くないものは、ほぼ同じなんですよ。それが本人の中の物語と響くか否かで決まる。ハリウッド映画などは大概の人に響くように作ってる。でもナンセンス映画などは両極端ですね。本人の人格や歴史、経験で感動に差が出るんです。
 さっきも言いましたが「美白」 良いこと。この間の空白を「綺麗になる」「モテる」といった想像をして埋めるんですね。
 皆さんもそれ(番組や本など)が自分にどんな物語を与えるか、考えてみて下さい。人は空白があると物語を作りたくなる。その前後の必然性を考えて、これはこうだからこうなると想像するんです。

 僕にとって「日本人とは何か」という長年の物語があった。「天地明察」を書きたいと思ったのは、渋川春海に16歳で会い、この人の人生を理解したいとなぜか思ったから。皆さんもそういう人がいませんか。教科書の一行の人を理解したい、この人だと思った。 
 でも当時は知識も理解力も無かったんです。それに渋川春海を現代で書いてはいけないんですよ。日本の歴史を理解しなければ大きなものを書けないと思ったんです。

 なぜ暦を変えなければいけなかったのか。それは日本人の物語に結びついてるんです。春海は朝廷に「日の巡りを知らなければ暦は出来ない」と言ったんですね。当時は近松門左衛門が「暦」と言う作品を作るくらい熱狂した。
 日本は800年間軍事国家だったんですよ。武家政権からマッカーサーまで。戦後ようやく文民になった。その軍事を背景に農業がある。江戸時代は軍事政権なのに戦争をやめよう、文化を盛り上げた者を武士にしようとしたんですね
 春海は碁打ちだったので坊さんの格好してたんです。士農工商以外の職業はみんな坊さんという乱暴な扱いだったんですね。文化で出世したら刀を二本差して侍の格好をさせる。
 戦国の混乱の後、自分たちで文化を切り開いたのが江戸初期だったんです。

 改暦を支持したのは会津の保科正之と水戸光圀でした。僕水戸黄門は1回も見た事ないですけど。
 日本は電気が多すぎるんです。海外に行ったことないと分からないかもしれませんが、世界でもこんな国は少ないんです。
 王国時代のネパールでは電気が無くてすぐ停電して。王様が通る道だけ電気つけて他は真っ暗とかね。(笑)
 だから朝起きてテレビつけてニュースや朝ドラを見る習慣に馴染めないんですよ。苦痛ですね。

 そんなわけ(水戸黄門見てない)で水戸光圀を先入観無しで書いたんです。そしたら「お前が作ったんじゃないか」と言われましたね。ただ事実を書いただけなんですけど。「天地明察」で光圀を書いたら担当が「面白いので次回書いて見ろ」と言われたんですよ。

 光圀は日本の歴史を再編しようとした人なんです。
 中国には「史記」という司馬遷というとんでもない(権力に逆らってでも事実を書き残す)人たちが書いたものがあるんですが、なんで日本にはないのか。戦国時代に焼けて残ってないんですね。
 光圀は目標を持たなければならないと思ったんです。それまでと反対の「殺さない」「盗まない」という180度違うことをするわけですから。

 そういう空白(歴史と文化の転換点)の時に人は何するかと言うと、歴史書を集めるんですね。そこで光圀が一番心血を注いだ。
 「明暦の大火」で江戸が焦土になったんです。集めた蔵書も優秀な人材も失ってしまった。そこでこの国をこのまま灰にしてはいけないと。見極め、構築し、再認識して、これからどう生きればいいのかを探った。「明窓浄机」?という言葉があるんですけどね。(説明が長くてメモ漏れ)自分がどれだけ豊かな物語を持っているかで、日本の豊かな歴史が作られると。
 光圀伝の連載は半年の予定が18か月掛かった。最後の方は角川が小石川後楽園近くのドームホテルに監禁したんです。朝5時に起きて「天地明察」のプロモ、昼からは執筆と。そんな感じで終わらせました。

 日本における「史記」、それに触れた人のエピソードを探してたら、清少納言がいたんですね。夫(兄だと思われる)の伊周が一条天皇と定子に紙を献上した。その紙で何を書こうという時に清少納言が「枕を書こう」と言ったんですね。「枕」の元の意味は応仁の乱などで残っていません。
 ただ「史記」を「敷(もの)」として、じゃあ「枕」を、という説があります。その他に「枕」には「枕岩」とか厚いものという意味がある。薄いものに対して厚いもの。何でもいいから自由にやろうということに。
 江戸は漢文で男性文化、平安はかな文学で女性文化なんですよ。
 
 「はなとゆめ」は3年前の新聞連載の約束が今年だということで。じつは1か月半早く始まることになったんです。前の作家が全国からの抗議で打ち切りになりまして……。
 日本の大きな物語の中で、江戸時代だけでは理解できない。軍事政権の前に公家文化があった。僕にとってその最たる謎が「なんで誰も天皇を殺さないのか?」。その疑問にぶち当たったんです。

 道長の勢力が広がる中で拮抗し続ける定子。1回出家したけど一条天皇が呼び戻すんですね。天皇の寵愛を受けて3人もの血を残したんですが、なんで殺されないのか? 皇子の出産をむざむざと許すのか。
 それが当時の文化の力なんです。その人を失うことで永遠に失うもの――「文化」が多すぎる。

 イタリアにも戦国時代があって、その時にミケランジェロやダヴィンチが活躍するんですが、美しい文化で飾ることで防壁を立てる。柔らかい防壁と言うんですが。
 日本の失ってはいけないもの、それが「天皇」なんです。文化を生み出す根本の気持ちが物語であり、日輪のように正しく巡る心根=天皇を失うと、日本人そのものが無くなってしまいます。

 神社の祈祷で心が清明になるのは、求める心根があるから。それが無いと分からないんですよ。
 それが「はなとゆめ」の謎と理解した。自分で再現できない高度な心根(定子)が、芸術を生み出させる根本であり、書かせる動機は定子の愛情など。そういう人に会えた人が(文化の力を)発揮できるんです。

 現代の最大の「フリー」はネットですが、そこから何を生み出すか。伊能忠敬は50歳で隠居してから勉強し始めた。定子は14歳で宮中のサロンを束ねた。老若男女は関係ないんです。
 自分の中の物語はその人にしか絶対分からない。才能とは何か。それはその人が自分の物語を自覚した「力」なんです。
 皆さんもぜひ自覚して、テレビを見るたびにこれは自分に何(の物語)を与えようとしているのか考えて下さいね。
 こんなところです。

 場内拍手。とても意義深い講演でした。


 15時7分からは質問コーナー。

 1人目 「天地明察」はとても面白くてよく調べてると思います。そのわりに巻末の参考文献が少ないようですが? それと資料を調べる難しさについて教えて下さい。

 (冲)主なものだけを載せてます。全部書いたら本の値段が上がっちゃう。(笑)何十ページにもなって誰も読まないでしょう。この文献の何行目から何行目までという断片もありますから。でも「天地明察」が公開されてから「じつはうちにこんな資料が……」と、後から連絡が来たりして「初めに言えよ!」って。(笑)


 2人目 今でも日本に馴染めないことはありますか?

 (冲)この歳になると人種を問わず失礼な奴は頭に来ますが。(笑)ずっとその土地にいる人が羨ましいかなと思うことはあります。お祖父ちゃんの代から住んでる人なんて、僕には貴族ですよ。(笑)親は5回家売ってますから。あと、たむろしてる若者に「けしからん!」と思います。自分もしてたのにね。(笑)歳とともに考え方は変わって来るんだなと思いました。


 3人目 読書会を主催してます。今は光圀伝を読んでます、ぜひどうぞ。
 
 質問は?(笑)


 4人目 歴史本は資料と経験で書いたのは分かりました。そのほかのSFやライトノベルはどこからですか? 全くの想像なんでしょうか。それとも経験が入ってますか。

 (冲)僕は海外で日本アニメに接触したんですが、大人気で心強かったですね。フランスなんてドラゴンボールの視聴率70%とかみんな仕事辞めたんじゃないの?って。(笑)日本のアニメは誇りですね。海外ではガンダムの連邦軍とジオン軍、どっちがキリスト教だと聞かれて。白いからこっち(連邦軍)じゃない?と。(笑)
 日本に帰ってからも凄いなと思ってます。一方で活字離れが叫ばれてて、いやそれは違うだろうと。ろくでもないものもあるけど、素晴らしいものは素晴らしいです。
 自分だったらどんなものを提供できるかと考えると、地続きなんですね。この人を理解したいと。フィクションでも資料を集めるのは変わらないです。

 
 5人目 朝日の「おやじのせなか」を読みました。誉めない人である父でなぜ冲方さんは開花したんでしょうか。

 (冲)うちは父と母が大変仲が良くて。父は3か国語を話せるし、頭が良いんですよ。毎日麻雀してて東大でした。基準が違い過ぎたんですね。1学期が終わる頃に「教科書は全部読んだか?」って。いやこれ1年かけてやるもんでしょうと。(笑)問題が分からないと教科書を読めと怒られる。海外でどうしても分からない単語があって辞書にも載ってない。「教えて」と聞いたら「語尾がこうだから類推しろ!」「はい……」って。そういう方は短命なんですね。39歳でガンになって42歳で亡くなりました。
 父は多分、心配してたんじゃないかな。1学期の終わりなのに教科書を全部読んでない、問題集もやらないと。当時は絵で食っていきたかったから、見舞いに秋だからトンボの絵を描いて持って行ったんですよ。そしたら「本気で描いたのか!?」と怒られました。(笑)なんで見舞いに行って怒られるのか。
 そんな人だから見舞いに来た友人との会話も専門的で、ここをこう切ったらどうなるとか。難しくて入っていけなかった。(笑)
 校歌で「曙のぼる――」という歌詞を、「いや、その軌道計算は違うんじゃないか」と。(笑)校歌だからいいんだよって。
 とにかく父の友人の第一声は「頭の良いひとだったねー」と。若干呆れた感じも。(笑)


 6人目。今春大学を卒業したけど音声学をやっていた。当時の発音は残っていませんが、定子も「ていし」と読まれるけど「さだこ」じゃないかという説もあります。「さだこ」の方が日本的ですよね。音や当時の流れについてどう考えてますか。ほんとに「ていし」と思ってますか。「さだこ」じゃありませんか。

 (冲)「天地明察」でも当時の公家の言葉が分からなかったので、専門家を呼びました。時代劇では「家康公!」と呼びますが、当時そんな呼び方すれば首切られてた。(笑)
 人物の名前も本当のところは分からない。定子も草冠が無くて「疋」という説もあるので、「疋子」さんだったかもしれません。
 こちら(作者)がブレると読者もブレる。最初はルビをやめようと思ってましたが、ルビ振ってないとそこで止まる読者がいるんです。そういう字だと適当に読み飛ばされると、今度は記憶に残らない。なので便宜上でも「音」と「名前」をセットにした。
 清少納言は本名も残ってないんですよ。本名はタブーでしたから。本名はその人の本性であり、ストーリーの根幹で、先祖代々(受け継いだ)のです。だからなかなか名前が残ってないんです。それは過去と現在の差だと思います。



 ここで残念ながら質問コーナーは終了。
 最後に「はなとゆめ」のプロモーションビデオがスクリーンに映し出されました。

 私は初めて見たのですが、大変に華麗で雅やかで美しかったです。
 本の宣伝用映像とは思えませんね。(笑)
 
 アドレスはこちら。ぜひご覧下さい。
 http://www.youtube.com/watch?v=QHnRcgkse6k

 最後に再び教育長から、成田のゆるキャラ「うなりくん」のぬいぐるみが贈呈されました。
 受け取った冲方さんは「これを初めて見てうなぎだと見破れる人はいないですよね」と苦笑い。
 成田名物「うなぎ」と「飛行機」のハイブリッド、それが「うなりくん」でした。

  
 時間ピッタリで終わりか……でも満足、とアンケートを渡して帰ろうとしたら人だかりが。
 何をしてるのかと聞けば「サインです~」とのこと。

 「そんなことしてくれるんだ……」と思いつつ、私のバッグにはちゃっかりひっそり持って来ていた「蒼穹のファフナーADLESCENCE」が。(苦笑)
 
 誰もファフナーからのファンはいないかな~と思っていたら、私の4人ほど前にHEAVEN AND EARTHのパンフレットを持っていた方が。
 他の方たちがほとんど「天地明察」を持っている中で心強かったです。(笑)
 
 私の順番になり、本と劇場版の前売り券を預けてお訊ねしたことが、

 「EXODUSの脚本は終わりましたか?」
 
 ――いろいろな意味で酷い質問でしたね。(爆)

 サインを書きつつ困ってる様子だったので、

 「まだ終わってませんよね」と助け船を出したら、

 「まあ……ボチボチです」と仰ってくれました。

 次回作の勝海舟については、隣でアシスタントしていた方が「今月の野生時代に読み切り載ります」と教えて下さったんですが、今のところそれらしい予告が公式サイトに載ってないので、もしかしたら私の聞き間違いかもしれません。

 ただ、少なくとも「勝海舟」連載の準備も着実に整っているようです。 

 他の方が撮っていたので私も厚かましくも一緒にツーショット写真を撮らせて頂き、「頑張ってください」と激励して握手して頂きました。

 初めて握手した冲方さんの手のひらは暖かかったです。
 私が冷え症のせいもありますが。(笑)

 頂いたサインがこちら。

2

 「あなたはそこにいますか?」

3

 「ここにいるぞ」

 見事な連作、さすが冲方さんです。ありがとうございました!!


 先日見に行った喜安さん脚本の「ショーシャンクの空に」を見た時も思いましたが、今回の講演を聞いて、より自分も「豊か」でありたいと感じました。

 日々の生活に根差して生み出されるものが文化であり「物語」となるなら、1日を大切に、できる限り感じて考えて様々なものに触れ、知識を蓄え経験を積みたいものです。

 現実は仕事と人間関係に疲れ切って、そうはいきませんが。(苦笑)

 
 今年は舞台に展覧会に講演にと、じつに文化的な秋を過ごせました。
 できれば季節に関わりなくこうありたいものです。




 以下、コメント返信です。





 

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2013.11.09 / コメント: 2 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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Author:如月 咲夜
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