デスノート「新世界」
カテゴリ: アニメ
 「夜神月…L…キラ…あなたの負けです」

 39秒で言い放った自らの勝利宣言に追い詰められる月。

 ニアは本当にぎりぎりまで偽ノートに騙されていたのですね。

 偽ノートの可能性に気づいたのは、高田がメロに誘拐された日。本物のノートで窮地に陥った高田を魅上が削除した行動からでした。
 ノートに書かれていた高田の死因も死亡時刻も、月がノートの切れ端に書き込んだ内容とほぼ同じ。
 魅上はかつて月が自分で言っていたように、「キラを理解し、キラの考えるとおりに行動できる人間」だったという事の、皮肉な証明にもなりました。
 月の罠を破ったことで、メロの死はマットともども無駄にはならなかったようです。

 狂笑とともに「僕がキラだ」と告白し、自己主張を始める月。
 演説で驚いたのは、「人を殺せば犯罪なんてことは分かってる」というセリフでした。
 新世界の神になろうという男が、そんなごく普通の倫理観を備え、ここに至ってもまだ持っていたというのは意外です。
 まあその直後に「あなたは死神やノートの力に負け、神になろうなどと勘違いしている、クレイジーなただの大量殺人犯です」と断じられたら、「言っても分からぬ馬鹿ばかり」と内心で蔑んでいた所を見ると、人を殺せば犯罪だと本心から理解していたのか怪しいものです。

 追い詰められた月は、ニアと相沢の持つノートを「本物か?」と問いかける事で揺さぶりをかけ、その隙に腕時計に仕込んだノートの切れ端にニアの本名を書き込もうとしました。
 その右手を銃弾で撃ち抜く松田。
 父に対する悔悟の念を見せず、さらに血文字で名を綴ろうとする月を目がけて両肩、両脇腹を撃つまでは許容できますが、「殺す!こいつは殺さないと、ダメだ!」と叫んでトドメを刺そうとするシーンは認められませんね。
 私情と主観で人を殺せば、それはキラの行為と変わらない。
 幸い相沢や伊出、模木の3人が止めてくれましたが、月には止めてくれる人が、誰もいなかった。

 血だらけの体で水溜りの上を転げまわる無様な月の姿に、神と崇めた男と自分に絶望した魅上は、今まで自分が人を殺すために使ったペンを、今度は自分を殺すために胸に突き立て、大量の血を噴出して絶叫を上げる。
 その場にいた全員が魅上に注意を逸らした時、月が扉を開いて外へ逃げ出してしまいました。

 追おうとする日本捜査本部の面々を止めるニアでしたが、「君の指図は受けない」という相沢の返事にちょっとスネた表情を見せて、「お任せします」と素直に了承してしまいました。
 逃げた月が別の切れ端を持っている可能性、相沢のノートが偽物である可能性など、いくらでも月を確保しなければいけない理由はあるのにそれをしなかったニアもまた、キラに「勝つ」ことが最大にして最後の目的だった子供のような青年なのかもしれません。
 オモチャ遊びしてる時点で子供だと言われればそうなのですけどね。(笑)

 原作では、ニアが月の演説に対して自分の正義論をぶったようですが、アニメでは残念ながらカットされていました。
 しかしアニメ版においても月とLの戦いは、

 月「僕が」
 L「私が」
 
 2人「正義だ!」
 
 で始まったからには、最後にそれぞれの正義に触れて欲しかったところです。

 
 黄昏の光の中を、あてもなく走り続ける月。その途中、ノートを拾う前の自分とすれ違ったのは、心の中で人を殺す前の自分に戻りたいと思う気持ちがあった、その表れだったのでしょうか?
 前述のように月の倫理観は一般的なものでしたし、追いつめられてどうする事もできなくなった今、過去に帰りたいという気持ちを無意識に抱いていたとしても、おかしくはないかと思います。

 倉庫へ逃げ込む月を見下ろしていたリュークは、

 「もう、お前は終わりだ。ここで死ね」

 と冷たく突き放しながらも、「結構長い間、互いの退屈しのぎになったじゃないか。色々、面白かったぜ」と付け加え、それなりに月との6年間を楽しめた事に満足していたようです。
 原作では、月に飽きたし縋りついてきたので見限ってポイ、という感じだそうですが、アニメの場合は1部ではかなり月に肩入れして(自分が楽しむためですが)たけど、2部ではほとんど姿を見せなかったので、倉庫で月がリュークを当てにしなかったのは、わりと自然な流れに受け取れました。
 
 リュークのノートに書き込まれた「夜神月」の文字。書き終えた次の瞬間、階段の半ばに横たわり夕光に照らされていた月の鼓動が大きく響いて、暗転。

 その後のEDでは、ミサが25話と同じ姿で電車に乗り、リュークの見ていたものと同じ夕景を見つめて、やがて瞳を閉じる場面が出てきます。
 カメラの動きが左にPANし、その後もう一度街の風景を映したところから、自殺の可能性を示唆しているようです。

 そして暗転前のシーンに戻り、階段に横たわっていた月がLの幻と向き合い、やがて瞑目して命を終えた場面が描かれます。
 Lの幻は、ちょうど顔の部分を横切る鋼材のようなもので表情が隠されていました。どんな表情をしていたのか考えさせる良い演出ですv
 私は犯罪者は苦しんで死ぬべきだ、とは考えませんが、殺した相手と同じ方法で殺されるべきだ、とは思っています。
 だから今回、多少月の死に方が美化されてはいましたが、自分が今まで殺してきた人々と同じように心臓麻痺を起こして死んだことで、折り合いはつけられたかなと思います。
 心臓麻痺以外にも色んな方法で殺してはいますが、人は1回しか殺せないので仕方ありません。


 暮れ行く街を鉄塔(?)から見下ろしているリュークの頭上に、夜の神とされる月が光を放ちながら空にかかるシーンで、アニメ版デスノートは幕を閉じました。

 たくさんの疑問を残して。(笑) 
 
 1つ上げるとすると、例えば今回のアイキャッチで「死んだ後にいくところは、無である」という文が出ました。
 「死んだら無になる」ではなく、死んだ後に「無」という「ところ」に「いく」という事は、死んでも何らかの形で存在があり、それが「無」へ行くということになります。
 「無」へ行ったら無になるのかもしれませんが、少なくとも死んだら即座に無条件で無になるわけではない。「無」へ行って初めて無になるということになります。
 
 前回のアイキャッチでも、「ノートを使ったものは、天国にも地獄にも行けない」と書かれていましたが、これは今回の「人間はいつか必ず死ぬ」「死んだ後にいくところは、無である」と合わせて考えると整合性が取れなくなります。それとも、ここに出てきた天国と地獄は、人間にはまったく無関係の世界として存在しているという事なのでしょうか?

 まあ、この「死んだ後に~」は、人間は死んだら生き返らないという程度の意味しかないそうですし、人間の死後の世界を管理している訳でもない死神が、人は死んだら無にいくと言ったところで信用できませんが。(笑)
 すべての発端のデスノートそのものが、死神が生き続けるために人間を殺して寿命を得るための道具に過ぎないわけで、死神は他の方法で寿命を延ばせないなら、人間がいなければ生きられない脆弱な存在でしかなく、彼らは人間でもないので死んだ人間がどうなるのかなど、本当は知らないのかもしれませんね。
 もしくは興味無いのかも。


 長かったデスノートもこれで終わり…と思ったら、夏にゴールデンタイムで新作カットを入れたスペシャル放送と来ましたよ。なるほど、だからラストに「終」も「END」も「完」も入らなかったわけですね。
 新作部分の内容によってはまた見方や評価が変わるかもしれないので、楽しみに待ちたいと思いますv
 アニメ版デスノートは、まだ終わらないようです。
 
 
スポンサーサイト
2007.07.01 / コメント: 0 / トラックバック: 1 / PageTop↑
コメント
 
Title
 
 
 
 
 
 
Secret 


Pagetop↑
トラックバック
Pagetop↑
プロフィール

如月 咲夜

Author:如月 咲夜
FC2ブログへようこそ!

コメント&トラックバックは、スパム対策としてすぐに反映されないようにしておりますのでご了承下さい。

月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
FC2カウンター