活撃 刀剣乱舞 ロケ地探訪(9~10話)
カテゴリ: ロケ地探訪

 壁|д゚)ソォーー


 壁|)≡サッ!!

 10か月ぶりのエントリに来ました。(苦笑)

 だというのにファフナーではなくてすみません。m(_ _)m


 昨年の夏から秋にかけてオンエアされていた「刀剣乱舞」コンテンツの1作品、「活撃/刀剣乱舞」のロケ地巡りをしてまいりました。

 それまで「刀剣乱舞」というコンテンツには一切触れて無かった(笑)のですが、土佐弁キャラが出ていると言う話題を見かけ、久しぶりに土佐弁聴きたいな~と思ってなにげなく見た(10話)ところ、これがなかなか面白いではありませんか。
 
 特に私が見始めた10話以降は新撰組、なかでも私も往年からのファン……ファン?……なのか…な??……ま、まあ一番興味がある副長・土方歳三と彼のかつての佩刀たちとの関係が描かれており、久しぶりに歴史好きの血がうずき(苦笑)幕末への関心が高まったのでした。

 活撃ではおもに史実をベースにして物語が進んでいきますが、なかでも高い評価を得ているのが9話です。
 
 薩長同盟の成立に貢献した坂本龍馬が襲撃される寺田屋事件、その史実を変えようとする敵対勢力の時間遡行軍と刀剣男士(付喪神化した刀が審神者という未来人の霊力により人の体を得て時を遡り歴史を守る使命を果たす)たちが戦うのですが……。

 まーなんていうかありきたりな表現ですが神回です。(笑)

 詳しいことを書くと9話のプレゼンになってしまうのでここでは深く触れませんが、というわけ?で活撃9話を見た人向けに細かい説明は端折っていきたいと思います。

 京都に行ったのは3月9日でした。この日は仕事で大事なプレゼンというかデモがあったのですが、そんなの関係ねえ!とばかりにぶっち切って行きました。(酷……)

 なぜかというと1月にはもう行くことを決めていたので私用の方が先だし、なにより今月この日でなければならない事情があったのでした。

 寺田屋事件は慶応二年一月二十三日(正確には日付をまたいで二十四日午前二時ごろ)に起きたのですが、この日付はズレが大きい旧暦であり、現在の暦に直すと3月9日に当たるのです。

 来年まで待てば土日になりますが待っていられないので、金曜日に有休をとり成田からいざ関空へ。大阪の京橋からさらに京阪電車で中書島まで。


 事件のあった寺田屋は駅から歩いて5分程度の至近にありました。

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 元々の寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物は明治中期ごろの再建という話です。
 現在も旅籠として経営しており、屋内には刀傷などもありますがそこらへんは演出ということで……。(^^;)

 当時の寺田屋は建物横の庭園や隣の駐車場のあたりだったそうなので、それを踏まえて見学されるとよりいっそう楽しいかと思います。たとえ再建でも旅籠という建築物であることは間違いないので興味深く見られること請け合いです。

 9話では陸奥守吉行(坂本龍馬の最期の佩刀)が第二部隊の面々に建物前で事件のレクチャーをしておりましたが、今同じことをしようとしたら車にクラクション鳴らされて遠慮なく轢かれますのでやめましょう。(苦笑)

 狭い道なのに交通量がかなりあります。


 次に向かったのは、伏見奉行所の捕り方に追われた坂本龍馬が逃げ込んだと言われる材木小屋です。

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 材木小屋跡の石碑は濠川を越えた大手筋橋の西側にありますが、実際に材木小屋があったのは橋の東側、この看板の蔵元がある場所とのことです。まぎらわしいですよね。(^^;)

 材木小屋の屋根の上で時間遡行軍を斃した鶴丸と蜻蛉切に、後から合流してきた和泉守たちが声をかける場面を見てもらえれば分かりますが、彼らの背景に北から南に向かって流れる濠川が見えているので、活撃でも材木小屋の位置は史実通りの場所に描かれているようです。

 この材木小屋は寺田屋から歩いても7~8分程度で、走ればおそらく5分を切るんじゃないかというほどメチャクチャ近い位置にありました。

 まあ龍馬が逃げた時は真夜中に加えて捕り方が周囲を固めていたでしょうから、隠れてちょっと移動、隠れてやり過ごしてちょっと移動、という繰り返しで逃げ込むまでにはけっこう時間がかかったのでしょうけど……。

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 北を見ると、濠川にかかるもう1本の橋が見えました。
 龍馬を保護した陸奥守が彼と一緒に渡りかけた橋はここではないかと考えています。(他に候補が無いし 笑)

 橋のたもとで龍馬を手当てした陸奥守は、彼の口から「けんど、鉄砲の前じゃ役に立たん。これからの時代は鉄砲がありゃあええ」と面と向かって言われてしまいますが、そうして強がる?龍馬自身も、兄にねだって譲られた陸奥守吉行を「ええ刀じゃろ?」と得意気に自慢したり、刀を握れなくなったことで「まるでこの体の半分を奪われたように感じる」と弱音を吐きます。(くぅぅ……涙)


 ここから本日最後の目的地、薩摩伏見屋敷へ向かいました。

 予報では午後から晴れるはずでしたが、この日の京都は夜まで曇って時々小雨も降り、真冬のように寒くてけっこう辛かったです。(>_<)

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 場面は前後してしまいますが、龍馬が捕り方に追われている大通りはおそらくこの竹田街道、府道115号線だと推測しています。

 なぜなら捕り方十数人があちこちに倒れられる(笑)くらい広い道幅であり、そして伏見の町割りそのものは幕末からあまり変わっていないようだからです。

 それと、活撃9話の舞台探訪が今年の3月9日でなければならない理由が、じつはもう一つあったのでした。

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 それは今年の月齢が152年前と同じ下弦の月だったからです。(新暦だと月齢が毎年変わります)

 本当は朝方に早く起きて材木小屋跡の近くで月を撮影するつもりだったんですが……凍死しそうなほど寒っ!かったので諦めました。雲も出てましたしね……。


 材木小屋から歩くこと約10分、最後の目的地である薩摩藩伏見屋敷に到着しました。

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 おあつらえ向きに大きな屋根の建物がありますが、もちろん薩摩藩邸ではなく酒造会社です。(苦笑)

 薩摩藩邸は寺田屋と同じく鳥羽伏見の戦いで罹災したそうです。

 つまり活撃11話で炎上して歴史が変わりましたが、史実でも2年後には無くなる建物だったので、歴史修正力の働きもありあの時間軸の歴史はそこまで変化しなかったのかもしれませんね。

 龍馬を逃がしてしまった時間遡行軍は、彼が逃げ込む予定の薩摩藩伏見屋敷を狙いますが、和泉守と第二部隊が先回りをして待ち構えていました。

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 位置的に見るとたぶんこの手前の横断歩道あたりで、鶴丸が刀を肩に担ぎでんっ!と座っていたと思われます。

 白くて儚げな見かけとは裏腹な、鶴丸の好戦的で大胆な性格がよく出ている場面です。

 遠回りした陸奥守が龍馬を伴って飛び出してきた路地とその方向からすると、あの後は濠川を渡り大きく迂回して北から薩摩藩邸に向かって南下してきたようです。

 時間遡行軍もここが正念場ということで多勢で第二部隊を圧してきたため、陸奥守と龍馬は路地をまた戻ることに。

 さすがにこの路地に該当するものは無い……というか分かりませんでした。

 強いて言うならこの交差点を北へ行く道かなと思います。(写真右方向の道)
 
 龍馬を守るため自らの刀を投げつけた後に陸奥守が手にしたのは、まさに先ほど寺田屋で龍馬が使ったのと同じスミス&ウェッソン、モデル2アーミーの拳銃!
  
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 寺田屋にも複製が展示されていました。しかし撃つ間もなく時間遡行軍に刀で弾かれてしまいます。
 そこで龍馬が放り投げたのがかつての自分……いやこの時代の自分?……どっちだ……とにかく、陸奥守吉行の歴史上の本体でした。

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 かつての元の主との共闘……これこそ時を遡り歴史を守る刀剣男士にしか起こりえない得ない奇跡のような体験ですね。

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 このシーンがいかに熱いかと言いますとですね、この2年後に坂本龍馬は近江屋事件で暗殺されるんですが、その時にこの陸奥守吉行で応戦しようとして叶わず鞘ごと刃こぼれした上、あるじ亡き後土佐の坂本家に戻された陸奥守吉行は龍馬が開拓を志していた北海道へ子孫に伴われて渡ったもののそこで釧路大火に遭い、刀身が焼かれて刃紋も反りも失ってしまい近年まで坂本龍馬の刀であったという証を無くしていた状たブツッ

 なんだかんだで(おい)敵を殲滅し史実通りに龍馬を屋敷に送り届け、たった数刻の短い邂逅は終わりを迎えました。

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 龍馬と別れて感傷に浸る陸奥守と、彼を励ますために憎まれ口を叩いた和泉守が並んでいた橋の現在の姿がこれ。(笑)

 作中と違って雅さに欠ける橋でしたがまあ仕方ありませんね。(^^;)

 
 陸奥守の元の主への葛藤と心残りはこうして無事に解決したのですが、物語は次に土方歳三とその佩刀だった和泉守と堀川を中心に動いていきます。

 そちらの舞台探訪はまた後日にでも。


 翌日は10話の舞台である城南宮に行きました。

 坂本龍馬が傷の療養中に屋敷をこっそり抜け出し梅を見に行ったことで起きた、時間遡行軍対第二部隊の第2ラウンドに加え、変化した歴史によって本来は出会わないはずの坂本龍馬と土方歳三が梅園ですれ違いになるという緊迫した回でもあります。

 私が3月9日にこだわった、最後の理由はこの城南宮の梅にありました。

 ちょうど毎年この時期に梅が満開になるとの調べはついていたのです。(笑)

 旅行1回で2話分の舞台探訪なんて一石二鳥!ですよね。

 ちなみに幕末の気候は今より寒冷でしたので、活撃の作中のように梅がもう少し後(寺田屋事件から2週間後くらい?)で咲いてても当時はおかしくなかったと思います。

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 見て下さいこの素晴らしい人だかり。(笑)

 何でも私が京都へ行く数日前にテレビで紹介されたらしく、立派な機材を持ったプロアマ写真家がインスタ映え(苦笑)を狙ってあっちでカシャカシャこっちでカシャカシャ。それはもう凄かったです。

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 せっかくなら作中と同じように夕映えの梅を撮りたかったんですけど、閉園時間が早くて無理でした。

 
 「梅」は坂本龍馬と土方歳三にとって所縁のある花と言ってもいいと思います。

 坂本龍馬は変名で「梅太郎」を名乗り、近江屋で暗殺された時に床の間に飾っていた掛け軸には梅の花が描かれていたそうです。

 土方歳三は俳句を詠むことで知られていますが、梅にまつわる句をいくつか詠んでおり、なかでも「梅の花~」は最高にヤバい傑作だと思います。(苦笑)

 10話で第二部隊が泊まっている旅籠の名前が出てきましたが、当然のように「うめや」でしたね。制作陣もよく分かってらっしゃる。

 梅園に二人を集わせたこの10話を経て、物語の主軸を坂本龍馬と陸奥守から土方歳三と和泉守堀川へ移していくという演出も良かったです。


 このあとは京都の壬生寺と八木邸、それに近江屋跡と酢屋と池田屋跡を回り、霊山護国神社で坂本龍馬のお墓に参りましたが、その前に寄ったのがここ。

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 9話冒頭で第二部隊が顕現した場所が京都鴨川、三条大橋の手前の中州でした。

 さすがに現在の鴨川に中州はないので頑張って引いた画角で撮っています。


 これで活撃9話および10話の主なロケ地はすべて回りきることができました。

 2日目は天候にも恵まれ、充実した舞台探訪になったと思います。

 

 旅の食事では龍馬にあやかって?鳥鍋を食べたのですがこれがたいそう美味かった!
 また食べたいです。

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 そして伏見は酒どころとして有名なので、次回はぜひお酒にも手を出したいと思います。(今回は急ぎの旅なのでやめておきました)

 それでは、今回はこの辺で。
 


 当記事内のアニメ画像は全て、
 ©Nitroplus・DMM GAMES/「活撃 刀剣乱舞」制作委員会に帰属します。

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2018.03.18 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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