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活撃 刀剣乱舞 ロケ地探訪(4~5話)
カテゴリ: ロケ地探訪
 今回は、またまた活撃刀剣乱舞のロケ地を巡ってまいりました。


 なぜこんな早く次のロケ地探訪をしたのかというと、またしても暦の関係でした。(笑)

 活撃4話から5話にかけては、江戸を戦火に巻き込まないよう尽力する勝海舟と西郷隆盛の会談を恙なく終了させることで歴史を守る任務だったのですが、その会談二日目である慶応四年三月十四日は現在の暦で4月6日に当たるのです。

 ちょうど今年で150年目に当たる記念すべき日なので、ここは行くしかないと思い立ち、さっそく巡ってまいりました。


 刀剣乱舞というコンテンツはなかなか舞台探訪しにくい作品(大まかな地名は分かっても詳細な場所は不明)が多いようですが、活撃に関してはかなりはっきりと場所が分かっているので大変回りやすくて助かります。

 しかし……場所は分かっても大きな壁となったのが、幕末と現代の間に横たわる150年という歳月による大幅な地形の変化でした。日本の中でも最も変化が大きかったであろう江戸から東京への変遷には驚くばかりです。

 というわけで、さっそくアニメと現在のロケ地の比較をしてみたいと思います。


 まずは4話で和泉守と薬研が勝海舟を見張るために釣りをしていた地点。

 ――ですが、ここでいきなり問題にぶち当たりました。(笑)

 勝海舟がいたのは幕府の海軍、すなわち軍艦操練所と思われますが、そこは現在の築地場外の駐車場に当たり付近には説明板も建っています。

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 4話は慶応四年三月十三~十四日(1868年4月5~6日)の話ですが、その慶応四年にはこの築地にあった軍艦操練所はすでに火災に遭い、隣の浜御殿(現在の浜離宮)へ移転していたそうです。

 活撃はほぼ史実に基づいているので作中に出てきた海軍は浜離宮でいいと思いますが、なにぶん軍艦操練所の跡地として一般に認知されているのは築地のため、いちおう両方で該当する場所を撮ってみました。

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 写真中央左寄りの網目状の鉄筋が見えるビルが駐車場で海軍操練所跡地です。そして私が撮っている場所は150年前は海でした。

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 もし4話が築地であるなら、この遊歩道の辺りで和泉守と薬研が釣りしていたことになるんですが、それは現在の海岸線を基準にした場合の話です。

 ですがそもそも説明板の古地図を見ると、築地の軍艦操練所の北側に水路は無く、その真横で釣りをすることはできそうにありません。

 しかし浜御殿の隣であれば、水路越しに勝海舟を見張ることは可能だと思います。

 なので、やはり活撃では史実通り浜御殿に移動した後の浜御殿軍艦操練所が描かれていたものと推測します。

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 右に見える緑が浜御殿の林なので、この角度で合っているはず……。

 ガードレールとフェンスで見えにくいですが、築地と浜離宮の間にはちゃんと水路があります。

 軍艦が停泊している場所はこの写真では品川のビル群になっていますが、当然幕末の頃はこのビル周辺も海でした。

 工事中のフェンスが邪魔ですが、中には立ち入れなかったのでこれで勘弁して下さい。m(_ _)m

 築地市場は豊洲移転と老朽化の問題で、ここも工事を進めているのかいないのか分からない状態でした。


 次に行ったのは江戸無血開城のために西郷隆盛と勝海舟が会談した薩摩藩蔵屋敷でした。

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 この屋敷の俯瞰で描かれている海岸線がほぼ古地図通りであることを調べて知った時には感動しました。(笑)

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 ご覧のとおり現在は三菱自動車の本社ショールームと化しています。(笑)

 目の前を通る第一京浜はかつての東海道でした。

 平日昼下がりに行ったのでビジネスマンや近所の主婦が途切れることなく道を行き交い、写真を撮ってるとちら見されてしまう恥ずかしさ。(苦笑)

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 いちおうここは秋頃には大河ドラマ「西郷どん」で舞台になるんですよ……と心の中で言い訳しながら撮っていました。(^^;)


 そしてこの三菱自動車の裏手に回ると小さな公園に突き当たり、そこが陸奥守が和泉守を舟に乗せて沖合いに浮かぶ軍艦に向かって漕ぎだした場所でした。

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 活撃スタッフがちゃんと取材に来たのか、ただの偶然なのかは不明ですが、劇中と同じように大きめの木が公園の真ん中にあります。ちなみにソメイヨシノでした。今年は開花が早くてすでに葉桜状態でしたが。

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 左にカメラがパンしたところで映る薩摩藩蔵屋敷の海側の門。この神社越しに見えるビルがかつての蔵屋敷に当たります。

 そして私が写真を撮っている場所は150年前は海でした。(さっきも同じこと言いましたねこれ……)

 アニメでは軍艦が砲撃を仕掛けてくることを察知した二人が急いで海に向かうシーンの舞台でしたが、今はベンチにサラリーマンや近所の人が憩いつつ、すぐ目の前を山手線と京浜東北線と東海道新幹線が爆走するという鉄オタに優しそうなのどかな公園です。(笑)


 ここからさらに電車を乗り継ぎ、京急北品川駅で下車。かつての品川宿跡をぶらりと歩きました。
 
 DSCN0682_R.png

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 アニメではこの旅籠がどこなのかはっきりと示されていませんが、こんのすけによる「時間遡行軍の出現地点は品川から芝あたり」という情報に基づけば十中八九、品川宿かと思われます。

 しかし現在の品川区内の東海道沿いに江戸時代の旅籠は調べた限りただの1軒も残っておらず、残念なことです……。


 これで4~5話の舞台をすべて探訪した……のですが、せっかくここまで来たのでさらに先の青物横丁まで足を延ばしてみました。

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 ここはかつて幕府の御用宿であった釜屋の跡地とのことです。

 なぜここへ来たかというと、150年前に鳥羽伏見の戦いに敗れて大阪から引き揚げてきた新撰組がここに宿泊したからでした。

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 当然ながら土方歳三も泊まっており、その佩刀であった和泉守と堀川もここに来ていたのかもしれませんね。

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 このマンションと言うかビルの横の小路の突き当りは、幕末にはまだ海でした。(どんだけ埋立ててるんだTOKIO……)


 150年という時間は都市が変化するにはあまりに長くそして遠かったので、ほとんどアニメと同じ景色は撮れませんでしたが、実際に歩いてみれば、かつての江戸の面影をわずかながらにも感じることができて良かったです。


 残る活撃のロケ地探訪は函館のみとなりました。できれば今年中に行きたいんですがあれこれ出費が痛くて……。(苦笑)

 年内が無理でも来年にはぜひ行きたいです。

  
 それでは今回はこの辺で。




 当記事内のアニメ画像は全て、
 ©Nitroplus・DMM GAMES/「活撃 刀剣乱舞」制作委員会に帰属します。

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2018.04.22 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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