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祝☆蒼穹のファフナーTHE BEYOND制作決定!!!
カテゴリ: 蒼穹のファフナー
 いやあ、新作が来ることは予想通りとはいえ、嬉しかったですね!!


 私は以前からツイッターで「過去編より続編」「子総士の反抗期が見たい」と駄々をこねていたので、総士生誕祭でのこの制作発表を見た瞬間、至福の境地でした。(笑)

 思い返せば去年の総士生誕祭の時の喜安さんのツイート、その時にはもう続編をやろうと決まったんだと思います。

 能戸さんの「こそうし記」という妄想(失礼)が始まり、5月の同化イベントでの「超重大発表」の予告、そして6月には能戸さんが海神島のモデル函館に里帰りしていたこと。

 それらを鑑みれば、まあ続編だろうとは90%以上の確率で考えていましたけど、能戸さんが総士生誕祭前日に皆城公蔵のイラストを描いたことで、「やっぱり過去編じゃないか?」と思った人もいたようです。

 うまく引っ掛けられましたね。(苦笑)


 EXODUSが終わった直後には「もうこれ以上はいらない」と思っていましたが、冲方さんの「一騎が賢者になり次世代に倒されるべき英雄像になる」という構想が語られたらコロッと続編を期待するようになっていた私です。(^^;)

 イメージビジュアルの公開はあるだろうと予想してましたが、PVを流したのはさすがに驚きました。

 しかし、じつはEXODUSもいつかのイベントで松本さんが言っていたように、本当は「もっと早くやるはずだった」のです。
 「放送が遅くなったおかげでクオリティが上げられた」とも言ってたように、本来、週間アニメは発表から3年も掛かるものではありませんし、あるとすればよほどの大作です。
 
 おそらくEXODUSは諸事情により例外的な準備期間をもらえたアニメだったのだと思います。

 撮影監督の青木さんがミーティングで公開したEXODUS制作スケジュールにTHE BEYONDの制作を当てはめて考えれば、もしTVシリーズであれば最短で2018年1月からの放送が可能なものと思われます。

 ま、その前に放送局をゲットしなければなりませんが。(笑)

 THE BEYONDが劇場版であれば話はまったく変わりますが、まあ現時点での予想はそんなところでしょうか。


 ティザービジュアルとPVの示すところでは、生まれ変わり成長した皆城総士と彼に呼びかける日野美羽を中心に物語が始まるようですが、今のところは竜宮島が浮上する可能性を見出すことはできませんね。

 私はことさらにファフナーが群像劇であることを「強調」される向きが苦手でして、ことあるごとに「一騎と総士を主軸」に見ていると書いてますが、そのスタンスはTHE BEYONDでも変わりません。

 俯瞰して全体を見るのもよし、視点を定めて個別を見るもよし。作品とはそういうものだと思いますのでね。

 それに何と言ってもみんな同じじゃつまらないし。(笑)

 喜安さんではありませんが、私も「B型なんで」。(苦笑)


 というわけで、毎週感想を書くのは正直辛い作業ですが、同時にとても貴重で得難い体験でもあるので、できることなら週間アニメとしての放送を希望する私です。

 ティザーPVについては、イベントの最後で疲弊しきった脳みそに記憶力は残っていなかったため、ほとんど覚えていない(笑)ので、1月6日の公開以後に触れてみようかと思います。

 ティザービジュアルは……うん……分かってたけど…………総士美人
 子総士可愛い。

 以上です!(おい)

 
 それでは皆様、よいお年をお迎えください。(^o^)/



2016.12.31 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
総士生誕祭最速先行予約抽選結果発表
カテゴリ: 蒼穹のファフナー
 無事に当選していました。

 意外と落選してる人もいたので、帰宅してメールを見るまではヒヤヒヤものでしたが。(苦笑)

 
 しかし、ツイッターではすっかり総士生誕祭が福山雅治さんのライブの間にねじこまれたかのような話になっていますが、真相は前回の記事の続きに書いた通りなのでなんとも……。(^^;)

 もうちょっと触れてみると、福山さんが先にパシフィコを押さえていたわけですから、29日が休演日なのも当然その時点で決まっていたはずです。

 生誕祭の会場は国立大ホールで福山さんのライブは展示ホールなので、一見無関係に見えますけど、中西Pは「パシフィコ」という会場そのものを指して「埋まってる」と表現したのかと思います。

 そして福山さんのライブと生誕祭の予定を見てもらえれば分かりますが、もし両イベントが同日開催であったなら、OPEN時間がほぼ同時刻に重なります。

 ライブの観客は最大1万8千人。生誕祭は最大5千人。もし一緒であったなら周辺はかなりの大混雑が予想されたことでしょう。

 それを避けられるのが29日であったというわけです。

 まあでも、「割って入った」「ねじこんだ」ことにしておいた方が反響も大きいしネタとして美味しいでしょうから、今頃ツイッターの盛り上がりを見た中西Pは喜んでるんじゃないでしょうかね。(^^;)


 1年前にもう会場と日付を決めてのイベント話が出ていたことについて、喜安さんは「総士生誕祭は自分と石井くん(てゆってた気がする……)が主体になるので、先に話をもってきて都合を確認するのはおかしいことではない」的なことを仰ってました。  

 喜安さんがなぜこんなに会場やイベントについて懇切丁寧に説明してくれたのかというと、以前お話した時に「ブルの次回作上演の劇場は1年以上前にはすでに押さえている」ということを教えてくれたことがあり、私が会場とイベントの決定プロセスについて煩い人間だと認識してるのかもしれません。(苦笑)

 そういえば、私は結局一騎生誕祭にも真矢生誕祭にも行けなかった(というかまあ……行かなかったとも言える)のでよく分かりませんが、真矢生誕祭の時のツイートを検索してたら「松本まりかさんは重大発表が何か知ってそう。収録があったんじゃないかな?」という呟きを見かけたので、「かくかくしかじか」と喜安さんにそのままお伝えしたところ、「ふふっ」と笑われてしまいました。

 彼が言うには「松本も(重大発表の)全体がどんなものかまでは知らないと思いますよ」とのことで、じゃあ個別では何か知ってる可能性もあるのかも、なんてね。(笑)

 ちなみに喜安さんはまだ全然知らないと仰っていたので、私はその言葉を信じています。

 総士生誕祭のチケット発券は12月10日10時から。
 イベントの19日前からの発券は果たして妥当なのでしょうかね。(^^;)

 何はともあれ、とても楽しみです!

 
2016.11.18 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
ブルドッキングヘッドロック Vol28 『バカシティ』
カテゴリ: 舞台
 こちらではだいぶご無沙汰しております。m(_ _)m

 毎日ツイッターには生息しております。ツイ廃なもので。(笑)

 さてさて、春に続き劇団ブルドッキングヘッドロックの最新作「バカシティ」あかつき編たそがれ編を観劇して参りました。
 というわけで、いつものようにつらつら感想などを述べてみようかと思います。

 
 今回の公演にあたり、ブルでは前座イベントなど開催されたりPVを作られたり。
 はたまた開演翌日には内覧会などを催されたりと、いつにもまして実験的な広報体制を取られていました。

 ずっと前にアンケートで「体感するブル」のようなものはいかがでしょう?と書いたりしてたので、もしかして意見を取り入れてくれたのかな~、などと思ってみたりしました。(^^;)

 だというのに、前座にも内覧会にも行けませんでしたけどね!(←おい)
 千葉の片田舎なものですみません……。(T_T)


 というわけで、いつも通り事前情報を全然入れずに見に行ったので第一印象は……「1995」に似てる?でした。
 ストーリーではなく「SFの使い方が」という意味で、です。念のため。

 まず最初は、喜安さんの脚本にしては珍しく、両編とも役名が役者さんの名前とほぼ一緒という形式に驚きました。
 その意図は……うーん、なんでしょうね?(笑)

 導入は、<あかつき編>は主演のはしさん、<たそがれ編>は岡山さんが、ほぼ同じ内容の注意事項を語りつつそのまま劇に突入していくと言う変わった趣向。これも珍しくかつ観客を物語世界にそのまま引き込んでいくやり方で面白かったです。
 
 そして<あかつき編>は……まあシンプルに言えば「はし深澤百年戦争」物語ですよね。(苦笑)

 途中で未来人が出て来るなーという予感はしましたが、果たしてタイムストップをやらかしてくれて、なおかつ未来人が何人も。

 それは<あかつき編>でさらにエスカレートし、岡山さん以外全員未来人が出てくるという、行きつくとこまで行った感。(^^;)

 中盤までは話としての整合性を取ろう(笑)と頑張って見てましたが、しまいにはタイムパラドックスどころの騒ぎじゃなくなったので、もはや諦め、ただただバカをやってる彼らの人間模様に笑ったりちょっと考えさせられたりしながらラストを見届けました。

 <あかつき編>の見所は、やはり主演のはしさんの軽量感と、対照的な深澤さんの重量感に尽きますね。(苦笑)
 いまだかつてこれほど深澤さんの魅力を最大限に活かした舞台はあったでしょうか。(いやない)

 永井さんの人形劇落語もすっごく可愛いので、こちらも一見の価値ありです。

 <たそがれ編>はそうですねえ……岡山さんの汗だくの顔でしょうか。(笑)
 しかもそれが劇中(ある意味)最大の仕掛けになっているという……。

 落語は詳しくなかったのですが、まあ作中のストーリーラインに組み込まれていたのでさほど構える必要もなかったかと思います。現代でも通じるありがちな噺をモチーフにしてますし、というか古典落語自体が現代でも十分通用する普遍性があるってことなんでしょうね。


 今回の舞台を見て、私もようやく喜安さんと言う人は「どこか冷めた部分のある、ちょっとシニカルな人」だという固定観念を捨てられたような気がします。(笑)

 何しろ最初に見た彼の舞台が「毒と微笑み」だったので、あのような作風が喜安さんの特性なんだと勝手に思い込んでいたのです。(^^;)

 喜安さんはまごうかたなき「おかしみ」の人であり、その「おかしみ」を生み出すのはやはり、彼の他者に対する優しさや温かさが根底にあるんだろうな、と感じました。

 ずいぶん話が大きくなってしまいました。(笑) というか、舞台の感想からはずれまくってますね。


 「バカシティ」は20日まで、駒場東大前アゴラ劇場にて上演中ですので、機会があればぜひご覧になってはいかがでしょうか。

 できれば<あかつき編><たそがれ編>の順番で見た方が、より楽しめる内容かと思います。

 まあ、いきなり<たそがれ編>でタイムストップ・フルスロットル!するのも悪くありませんが。(笑)
 
 とにかく、「頭が混乱しながらも笑えてちょっぴり哀愁も」という、イイ感じな演劇に酔えますので。(^_^)
 

 さて、春の「スケベの話 大人のおもちゃ編」では舞台に感激してファフナーについて訊こうと思ってたことをすっかり忘れていたアンポンタンな私でしたが、今回はバッチリお訊ねしました!


 そちらは以下に。





  → Read more...
2016.11.15 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
BD11巻特典CDドラマ 「THE FOLLOWER 2」
カテゴリ: 蒼穹のファフナー
 22話から23話までの間にあった、一騎総士真矢の三人が経ていた選択の物語でしたね。

 フラゲ組がどちらかと言うとローテンションな呟きが多かったので、一体どんなドラマなのかと若干不安でしたが、描かれたテーマやメッセージは本編とほぼ同じで補完程度でしたので、個人的にはそんなに「凄い!」とか「これぞファフナー!」という感動はありませんでした。

 まあ、それは作品と言う大枠で見た場合ですので、とかく本編では少なかった一騎たちの心情描写があったり、キャラクターに個別な思い入れがある方は、真壁紅音や皆城公蔵それに父ミツヒロ・バートランドが現れて息子娘と会話する、というシチュエーションにぐっと来たのではないかと思います。
 
 中身はミールが保持する彼らの存在した情報と記憶をもとに作り上げた人格ですけどね。(^^;)
 完全に再現されたなら、それは本物の親とどう違うのかと問われると、私も答えに窮しますが。

 ツイッターでは優しいみなさんがネタバレを気にして感想すら呟くこともほぼありませんが、私はいつでもネタバレ全開!が信条なので、CDドラマを聴いてること前提でオープンに自前の感想など述べてみようかと思います。


 





 
 このCDドラマをユング心理学的解釈でひと口に語れば「父殺し」、または一騎総士真矢の集合的無意識にあるアニマ像アニムス像を親の姿として意識化し、それとの対話を経てなされた人格の統合(自己実現)、といったところでしょうか。

 まさかこんな真正面から典型的などストライクで、ずっと省略されてきた主要キャラクター三人の心情描写を、夢と無意識の心的イメージを使って描写してくるとは思いもしなかったので、大変に面白かったです。

 特に総士については、これまで自分の規範としていた公蔵(というより竜宮島)の理念を否定することにより、総士が自ら背負いこんでいた父性的役割も同時にほぼ解消されていたことが分かりました。(最後の父性的役割の解消は指揮を剣司に委ねた場面)

 そうすることで彼が「父」から「子」になる準備は整い、かくて冲方さんの言によれば、新主人公に倒されるべき一騎こそが次の父性的役割を果たす人物になるようです。

 とは言っても、一騎と総士では父性的役割の表現はたぶんに異なるものと思われますが。


 総士が「否定」という意志に肯定的な意義を与えたことで、「否定」の名を持ち敵を同化し殺すことしかできなかったマークヒニトもまた、肯定的な側面を見出されたんですね。

 グレートマザーの具現化たる機体であったマークニヒトが、その否定的側面(すべてを吞み込み死に至らしめる)のみから、本来の肯定的側面(命を生み育てる)の性質をも再獲得することで両面が統合されたのだと理解しています。


 それにしても、真矢はともかく総士まで心理的「父殺し」するとは思いませんでしたね~。

 まあ彼が一人の人間として自我を確立するための最後のイニシエーションではありましたが、それをきっちり見せて……いや聞かせてくれるとは。良い意味で驚きました。

 重度ファザコンの冲方さんも、やればできるんじゃないですか。(笑)
 それもこれも、やはり冲方さん自身が父親という立場になったことが大きいんでしょうけどね。

 そもそもHAE初期草案の、総士のクローンの少年を青年一騎が助けるというアイデアも、大人になった今の自分なら、きっと「父」である総士(のコピー)を理解し助けることができるんじゃないかという冲方さんの極度のファザコンのなせるわ(ry


 この「父殺し」についてはユング氏ではなく高弟のノイマン氏が言及しているのですが、その意味するところは母性との分離のみの「母殺し」よりも上というか先というか、父性の象徴する古い文化的な伝統や既存の規範などを壊して新しいものを作り、それを社会に提示し問うこと、とされているようです。

 総士と真矢はそれぞれ父と異なる自分なりの理念や思想を彼らに提示した、その瞬間に二人の心の海の中に進むべき「道」が現れた。

 教科書のように完璧な親離れと精神的自立、そして古い価値観の世界からの脱却イメージでしたね。

 真矢の海は「波が引いて」白い砂で出来た道が現れたようですが、「海が割れた」総士の方はもろに出エジプト記の「葦の海の奇跡」をイメージしているようです。

 エメリーやナレインだけでなく、総士にもモーセ像が仮託されていたというわけで、彼らがみな約束の地に入れなかった(生きて住むことができなかった)ことも、この時点で予見されていたのでした。

 まあ、彼らの命は巡りながら生まれ変わり結局のところ海神島にいますけどね。(苦笑)


 今回一騎だけは母との対話であり、さらにこの後もミールの分身としてのカノンと翔子に出会い選択するわけですが、おそらく一騎にとっての「父殺し」は最終回の総士との別れを受け入れたことだったのかと想像されます。

 一騎の場合は、これから新しい価値観を提示するというよりも、前回の座談会で冲方さんにより賢者的な存在となる行く末が提示されたので、もはや彼自身が海神島の次世代を見守る英雄という名の「殻」――古い価値観の体現者になっているんでしょうね。

 であるがために、いずれ「倒される」と。

 いやー、美しい構図ですね。本当に完璧ですよ!
 「物語」としてはね。(笑)

 消費されるエンタメであるアニメやキャラクターとして、それが面白いと受け取ってもらえるかどうかは私の預かり知らぬところです。

 しかしEXODUSのラストシーンが最初から決まっていてしかも変わらなかったことから、冲方さんは「これしかない」という物語の結末、そこで生きるキャラクターたちの真実に辿り着いたなら、どのようなエンタメ的要求やファンの意見があろうと安易に迎合したりはしないと信じています。

 EXODUS放送中に感想で何度か言ってましたが、一騎はまだ生きなければならない人であったし、総士は逆に人として死ななければならなかった人なので、ラストシーンが一騎と子総士の親子の姿であったことはもう……もう……限界突破で宇宙規模の全面大肯定するしかない、私にとっては究極の理想を絵にして見せてくれた、まさにパーフェクトな場面でした。(←長い)


 総士が否定した島の理念は、自分たちだけの平和を維持するために世界とのコミュニケーションを閉ざし対話を拒否するという姿勢でしたが、それはたぶんテンプレ的に受け取れば日本のいわゆる「一国平和主義」とレッテルを貼られる考え方(実際そうと表現しきれるものではありませんが)であったのかな、と推察されます。

 それに対してEXODUSの中で描かれていたのが、広登と暉の理想である自分たちの知っている平和を世界に伝えたいという「世界平和主義」的な考え方であったと思われます。

 戦争解決としての武力にとどまらず、戦争解決の可能性を守護するための武力として、その行使を自認した三人ではありましたが、第四次蒼穹作戦前のブリーフィングで自分から人類軍を相手にすると言った一騎が史彦に諌められたのは、一騎と同じ意志を選び覚悟を決めていた真矢と総士の反応からして、許容されるべき力の行使を逸脱しかねない個人感情があったからなのかもしれませんね。

 ところで、真矢が読み上げた爆撃機ティーポットの乗組員の名前、そうじゃないかと思ったら、やはりすべてエノラ・ゲイの乗組員の名前を捻っていましたね。

 エノラ・ゲイ乗組員は、

 機長:ポール・ティベッツ
 副操縦士:ロバート・A・ルイス
 航法士:セオドア・ヴァン・カーク
 後尾機銃主撮影係:ジョージ・R・キャロン

 ティーポット乗組員は、

 機長:ハリソン・ティベット
 操縦士:ベクター・ルイス
 航法士:チャールズ・カーク
 データオペレーター:ハンナ・キャロン

 まあそもそも、かつてウォルターが所属していた太平洋方面「509混成航空部隊」自体がエノラ・ゲイの所属でしたけどね。ここまで徹底して近似させるとは思いもしませんでしたが。


 ファフナーではこれまで戦争の様相として、1期では日本の専守防衛と非戦主義、そしてHAEでは原爆とベトナム戦争が織り込まれていました。

 EXODUSでは今のところ直接言及はされていないものの、原発事故と原子力技術や核廃棄物、そして上記の例からHAEと同様に原爆。
 そして現在も中東を混乱に陥れている、分裂したイスラム諸勢力による泥沼戦争というところでしょうか。

 HAEの続編であるEXODUSなので、再び原爆のイメージが作品に出てきたのは当然かもしれませんが、EXODUSではさらに脚本に入る前に福島第一原発での3基メルトダウンという未曽有の大惨事がありましたからね。

 やはり「日本人と核」というテーマは、切っても切り離せないものなのだろうなと思います。

 

 ちなみに私はEXODUSで描かれた核関連のメタファーをざっくり見て、暴走しないニヒトにより「人は原子力技術を理性的に駆使すれば原発をコントロールできる」、ただし核のもつ本来的な制御不能の巨大なエネルギーの象徴であるアルタイルを人類に有益なものに変化させるのは不可能、よって「封印して未来を待つしかない」、というように受け取っていました。

 石棺から発進したニヒトが赤い森を通りオンカロをくぐり抜けて行き着くところは、もう放射性廃棄物最終処分場しかないですものね。(つまりニヒトも眠る)

 とまあ、このような解釈に辿り着いたのは25話が終わった後だったので、最終回で島ごとアルタイルが封印されるのも「これしかないな」と思いながら見ていたのでした。

 良くも悪くも、今は未来に投げっぱなしジャーマンなのが核技術とその廃棄物、そして人類の技術の進歩と精神の成熟なのでしょう。


 話がえらい着地点に来てしまいました。(^^;)

 当然のことながら、ここで書いたのはあくまでファフナーという多角的な作品の一面を私が個人的に思考したにすぎないものであり、こんな風に見てる人がいたんだと受け取って頂ければ幸いです。

 あのCDドラマを聞いた感想がこれになるのは本当に私くらいのものでしょうし。(苦笑)

 EXODUSでの核関連については書きたかったけどなかなかまとまらなかったので、ちょうどいい機会でした。


 今までのドラマCD特に「GONE/ARRIVE」との関連を踏まえた感想とか、キャラクター個人の心理の掘り下げとか、もっと普通の話(笑)も書きたかったですが、とりあえず今回は時間も無いのでこの辺で。



2016.05.03 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
ブルドッキングヘッドロック 『スケベの話 オトナのおもちゃ編』
カテゴリ: 舞台
 先ごろ、皆城総士役を務める喜安さんの主催劇団、ブルドッキングヘッドロックの公演に行って参りました。

 「スケベの話」はこれ以前に3作品あり、今となってはなんとなくシリーズ化している模様。(笑)

 すでにかなり記憶が薄れてしまったので、全般的な感想を少しだけ備忘録代わりに書いておきます。


 今回はタイトルが「オトナのおもちゃ」という刺激的(?)なものだったためか、いつものブル公演にしては客入りが少なかったようで残念です。

 まあ実際、舞台に実物の大人の玩具が出てきたので、花も恥じらう乙女には見に行きにくいものだったかもしれませんね。(^^;
 
 とうに乙女時代を過ぎた私にはノープロブレムでしたが。


 「スケベの話」シリーズは全作品観劇していますが、今回は今までよりさらにアダルトだった、という印象です。

 ブツ(笑)が使われてるからとかそういう部分ではなく、キャラクターのセリフ回しや人間性とその関係、ストーリーの背景と奥行きといった全体的な評価として。

 今回はストーリーにおいて最も重要な部分はすべて舞台外にあり、見せられなかった核心の説明はなされずに淡々とドラマは進行していき、やがて終わるわけですが、つまり見ているだけでは「え?」「どうしてそうなったの?」「本当にそうなの?」というたくさんの疑問を抱かずにはいられない構成になっていました。

 いま喜安さんは「曖昧」に興味があるとのことで今回の作劇となったわけですが、やはりEXODUSで喜安さん演じる皆城総士を見てきた者としては、ファフナーに共通するテーマを感じとらずにはいられませんでした。

 ファフナーが曖昧か?と問われれば、めちゃくちゃ曖昧ですよね。特にEXODUSは。(笑)
 細かな設定は出さず、かといって作中描写もされず、そのまま事象が突き進んだ果ての結末でしたし。

 1つの答えや正解を提示するより、あらゆる可能性や意見を否定せず許容する、そんな「曖昧」な作品が多くなっているように見受けられますが、EXODUS終了後の一部ファン層のブーイングを見る限り、シンプルで分かりやすい正解を求める層もかなりの割合を占めてるように感じられました。

 ストーリーの受け手としてどちらのスタンスに是非もないわけで、そこはもう個人の好き好きでしかありませんが。

 私も一つの正解よりはいくつかの答えがある方が好みですが、曖昧にしても限度がある(笑)ので、自分で答えを探すための手掛かりをある程度は示してほしいなと思います。


 私が見に行った回は笑うべき場面では笑い、見入る場面は見入る、ブルで観劇するいつものリアクションを取る客層でしたが、日によっては全く笑いが起きなかったり、最後までこの作品が示していたのは何だったのか分からなくて戸惑っている、という雰囲気の上演回もあったそうです。

 同一作品を見ているにも関わらずこの極端な反応の落差が、まさに「曖昧」さが秘めている様々な可能性を示していたのかもしれませんね。

 観劇後、脚本は練りに練られてるし俳優さんたちの演技も自然で素晴らしく、今作品でブルドッキングヘッドロックという劇団が一皮剥けた!!と何だか妙に一人で感激(笑)してしまったのでしたが、それだけに今回の公演で満席札止めがほぼ無かったことが返す返すも残念でしたし不思議でした。

 4月中旬に週末を2回も組み込んで、公演期間としては大変条件が良かったと思うんですけどね~?
  
 次回公演は11月の「バカシティ」という新作で、こちらもかなりの長期公演となっているので、きっとそれまでに喜安さんもいろいろと方策を練られることと思いますが……。

 その前に、5月21日から脚本を担当された「ディストラクション・ベイビーズ」の公開がありますね。
 そちらも今から楽しみです♪


 今回は舞台に感動したあまり、ファフナーについてお訊ねすることをすっかり忘れてしまいました。(笑)

 しかし、サインを頂く時に10巻リーフレットの総士と操のジャケットをご覧になって「これなんですか?」と仰ってたんですけど、まさかキングレコードは主要声優にサンプルを差し上げてないなんてことは……無いですよね?

 きっとお忙しくて開封してなかったんですよね。そういうことにしておきます。


2016.04.30 / コメント: 0 / トラックバック: 0 / PageTop↑
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Author:如月 咲夜
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